第三話 ジュリアスの看病
私は食堂でワゴンを借りると、それに目一杯に料理の入った皿を詰め込んだ。それを張り切って押しながら、私は遠足気分で医務室に向かっていた。
リリーシャが不可解なことを言っていたが、その事はすっかり頭の中から追い出されていた。澄恋の事が一番に好きなことは不変だし、ジュリアスの事も友達として好きなことに変わりがないからだ。
けれど、気分が高潮するのを押えられない。
まず、ジュリアスには守ってくれたことにお礼を言おう。それで、蟻地獄のデュランと魔術師レリック=グレイを倒したことを報告しよう。それから、それから――。
考えているうちに、私は医務室の前まで来ていた。ドアを開けてそろりとワゴンを運び入れる。
「失礼しまーす……」
クレア先生は不在のようだ。閑散としたデスクとソファが寂しそうに佇んでいる。私の静かな足音が戸惑ってその場で停止する。
「香姫?」
ジュリアスの声がしてベッドの方を振り返った時、私の笑顔は固まった。
ジュリアスが着替えていたからだ。彼はワイルドに上半身にシャツを羽織ったところだった。
「……っ!」
瞠目してしまい、体中の血液が顔に集中する。固まって見ていると、ジュリアスが面白そうに笑った。
「何、ジッと人の着替え見てんの? イヤラシイ」
「だ、だって! 着替えていると思わなくて!」
我に返り慌てて目をそらすと、ジュリアスが意地悪そうに笑った。
「そっか、慣れてるよね。僕の裸なんて、可視して何度も見てるだろうし」
「何度も見てないよっ! 二、三回しか! あっ、しまっ……!」
慌てて口を押えたがもう遅い。言葉は既に零れてしまった。うっかり、本音をばらしてしまった。ブラックホールに吸い込まれていくようなこの羞恥心は何だろう。
ジュリアスに聞こえてない……よね?
私はちらりと、ジュリアスの方に視線を走らせた。
すると、馬鹿正直に答えた私がツボに入ったらしく、ジュリアスは腹をよじって笑っていた。
「に、二、三回ね……っ!」
うあああああああああ! しっかり聞こえてたっ!
顔に血が上って、熱を持て余す。
「私、帰るっ!」
穴に入りたい思いで、逃げようとした。ジュリアスは意地悪もいいところ。ジュリアスの回復を祝ってお礼を言おうとした私のせっかくの気持ちはズタズタだ。
「可視編成!」
ジュリアスの呪文がドアに降りかかって、光の欠片が散った。
医務室から退室しようとした私だったが、ドアノブを回しても開かない。
「開けてよ!」
「ゴメンゴメン、でも、逃げなくっても良いだろ?」
ジュリアスはネクタイを締めて、ベッドから降りている。
私は、恨めしそうにジュリアスを睨む。ジュリアスの目が医務室の中央に置き去りにされたワゴンに留まる。
「それって、僕に持って来てくれたんじゃないの?」
ジュリアスが、ワゴンを指差した。
「そうだよ。ジュリアス君がお腹すいているってクェンティン君に聞いたから」
でも、ジュリアスはいつにも増して意地悪だから――。回らないドアノブを握りしめて俯いていると、ジュリアスの感心したような声が届いた。
「へえ、気が利くじゃん」
珍しいジュリアスの褒め言葉だった。そのセリフは今までの意地悪な発言を帳消しにする威力があった。
「うん! 好きな物ワゴンにいっぱい詰め込んできたの!」
「あれ? 香姫って僕の好きな物って知ってたっけ?」
「だから、私の好きなものだけど……」
それを聞いたジュリアスは再び吹き出した。
「あ、ありがと。でも、自分の好きなものが他人も好きとは限らないけどね」
「でも、美味しいから! ジュリアス君も好きになるよ!」
「あはは、そうだね」
ジュリアスは楽しそうに笑っている。私は嬉しくなって、テーブルの上にメニューを並べた。
真っ赤な野菜のパスタに、こってりした野菜のスープ。クルトンの乗ったハムのサラダに、ブレッツのスムージー。柔らかな鶏肉を香草で味付けしたソテー。
「香姫、こんなに食べきれないよ。一緒に食べよう?」
「うん!」
私はジュリアスと一緒に食事をしながら、今までの経緯を話した。蟻地獄のデュランと魔術師レリック=グレイを倒したこと。その時に、リリーシャが助けてくれたことも。
「あ、シャード先生もジュリアス君にお礼を言ってたよ」
「シャード先生が? 珍しい」
「そうだね」
「……香姫は最弱だけど、運だけはあるよね」
「そうかも。それで、賞金首を二人も倒したから、その賞金で澄恋君が新しい身体を作ってくれることになったんだ」
私が笑顔で説明している最中に、ジュリアスはむせた。手で口を押えて咳き込んで苦しそうにしている。
「だ、誰がだって?」
「だから、澄恋君だよ。景山澄恋君!」
「えっ? 景山澄恋が香姫の新しい身体を作るって言ったの?」