第二話 シャード先生のお説教
私はちょこんと床に正座して、シャード先生のお説教を殊勝に聴いていた。
リリーシャは私の周りでふわふわとクラゲのように浮かんでいる。対照的な性格の同じ顔が二つ目の当たりにしているシャード先生の心境は、内心複雑なのではないだろうか。
シャード先生のお説教は私の話を聞くうちに、段々と疑問に変わったようだ。シャード先生は長い吐息と共に、顎を触る。
「それで、どうして助かったんだ?」
「マクファーソン先生が助けてくれたんだそうです」
いきなり出てきた彼の名前にシャード先生は眉をひそめた。
「マクファーソン先生が……?」
「私、引っかかっていることがあるんですけど……どうして、マクファーソン先生は私たちを最後まで助けてくれなかったんでしょう?」
マクファーソン先生が助けてくれたら、クェンティンもジュリアスも窮地に追いやられなかったかもしれないのに。
「ふむ……」
シャード先生は少し考えた。シャード先生はリリーシャとは違って、その事を疑問視したようだ。教師として生徒を助けない事は不自然かもしれないと感じたのかもしれない。
「大したことじゃないが。この間、マクファーソン先生とその奥さんに会ったんだ。でも……違和感を感じた……」
「違和感ですか?」
シャード先生は首肯した。
「一見、仲良さそうに見えたが、二人は二メートルぐらい離れて歩いていた。仮面夫婦じゃないのかと思ったね」
力説するシャード先生が面白かったのか、リリーシャは楽しそうに笑い出した。
『パパも、ママと別れる前はあんな感じだったんでしょ?』
シャード先生は少しむせて、半眼でリリーシャを見た。
「リリーシャ、余計なことは言わなくていい」
再会の感動はすっかり薄れていた。シャード先生はリリーシャの性格を持て余しているようだった。
丁度その時、遠くから元気な足音が駆けて来て魔法学の教室の前で止まった。
魔法学の教室のドアが開いて、クェンティンが飛び込んできた。
「香姫! シェイファーが気が付いたよ!」
「えっ! ホント!? シャード先生、あのっ!」
私は落ち着きなく立ち上がった。そわそわしていると、シャード先生が一層不機嫌になった。
「……シェイファーが病欠というのも嘘か」
「はい……」
嘘は仕方なかったのだ。あの場で怪我をしたと言ったら、全てを説明しなくてはならなくなる。
私が言い訳をしなかったのが功を奏したのか、シャード先生の眉間のしわが薄くなった。
「良いから、行ってあげなさい。それから、リリーシャと香姫を助けてくれたことに私が心から礼を言っていたと伝えてくれ」
「えっ?」
「鳥居も、リリーシャを助けてくれたことを感謝する」
いつの間にか、シャード先生の口元には笑みが浮かんでいた。私は嬉しくなって頷いた。
「はいっ!」
教室を飛び出そうとする私の前に、リリーシャが立ち塞がった。
『私はクェンティンと一緒にいるから、香姫だけ行ってきなさい』
「え? う、うん」
そんなことは、特にどちらでもいい。早く言って顔が見たいというのに。そんな私に、クェンティンは何故かクスッと笑った。
「シェイファー、お腹がすいたって言ってたよ。食堂から何か持っていったらどうかな?」
「うん、分かった!」
リリーシャも楽しそうに笑って、くるりと私の周りを回ると、私に耳打ちした。
『あんたって、ジュリアスの事が好きなのね』
「えっ!?」
落とし穴に落ちた時のように、私はぎくりとなった。それは、どういう好きなのだろう。
私が好きなのは、景山澄恋なはずだ。
複雑な表情をしているのが面白かったのか、クェンティンがにこにこしている。
「早く行ってきなよ」
「う、うん!」
私は、よく分からない自分の気持ちを抱えたまま駆け出した。