第十四話 リリーシャの経緯
レリック=グレイは左の目を両手で押さえて悶絶すると、光の塊になった。
そしてそれは、弾けて消滅した。
「やったぁ!」
『喜ぶのはまだ早いわよ! クェンティンとジュリアスを回復させるのよ!』
「うん!」
そよ風が吹き抜けたかと思うと、風の流れができて竜巻になる。それが治まると、その中からアレクシス王子とクレア先生が現れた。
「先生! アレクシス様!」
クレア先生とアレクシス王子は、地面に伏したジュリアスとクェンティンに気づいて顔色を失った。
「私たちが、治療するから下がってなさい!」
二人はジュリアスとクェンティンの元に駆け付けると、すぐさま治療を開始した。治癒の光が辺りを明るく灯した。天候が悪いのが、余計に私の心を不安にさせる。
「ジュリアス君もクェンティン君も大丈夫だよね?」
私は誰ともなしにポツリとつぶやいた。
『大丈夫よ』
すぐに、リリーシャの答えが身体の内側から響いてきた。私はまだ、リリーシャと同化したままらしい。
『クェンティンはそんなヤワな男じゃないわ。ジュリアスのことは良く知らないけど、あんたを守るために必死だったんだから、そんなに簡単に死んだりしないわ』
リリーシャは竹を割ったような性格だった。リリーシャの理屈はよく分からないが、彼女が大丈夫と言ったら全てうまく行くような安心感がある。
「そうだよね……! 絶対に大丈夫!」
でも、このリリーシャは本物のリリーシャなのだろうか。デュランが作った人形なんじゃないのか。
『私は本物のリリーシャ・ローランドよ! 蟻地獄のデュランは魔術師レリック=グレイから体を乗っ取った時に、彼が採取していた私の魂を持ち出したのよ。そして、私の魂を使ってマリオネットのように操った』
「でも、どうして、リリーシャさんは自分の心を取り戻したの?」
『クェンティンを可視編成でデュランの元に送った時は操られたままだったけど、その後でマクファーソン先生が私を元に戻してくれたのよ! だから、あんたとジュリアスをクェンティンを助けてもらうためにこっちに呼んだわけよ』
「マクファーソン先生が? ならどうして、マクファーソン先生は私たちを助けてくれなかったのかな?」
リリーシャを元に戻せるなら、私たちをデュランから助けることだって容易かったのではないか。
『そんなこと知らないわ。でも、私はリリーシャ・ローランドよ? 私なら一人で何とかすると思ったんじゃない?』
「そ、そうかなぁ……?」
疑問はもう一つある。どうしてリリーシャは私の魂を自分の身体から追い出さなかったのだろう。この身体はリリーシャのものなのに。
『そんなくだらないことが知りたいの? そんなの、あんたが可視使いだからに決まってるでしょ」
可視使いだからと言っても、それが答えになっているとは思えないのだけど。
『察しなさいよ! 私は可視使いになりたくて、騙されてこのザマなのよ? 自分の身体に帰ったって、私は可視使いの能力なんて使えなかった。可視なんてできないのよ!』
り、リリーシャさん、怖すぎるっ……!
私は内側に響く声をどうにもできず、泣きそうになっている。
「で、でも、私も魔法が使えないよ?」
私がそう呟くと、みるみる内にリリーシャの機嫌が良くなった。
『私の身体を使ってるのに、ザマないわね! 良く考えたら、私と二人で最強ってことじゃない! 私と手を組みなさい! そうしたら、身体を貸してあげるわ!』
私は押し黙った。女王様体質のリリーシャと体を分け合うとことを想像しただけでげんなりしたのだ。私は澄恋が好きなのに、リリーシャはクェンティンが好きで。どう考えても、二人で体を分け合うのは無理が生じる。
『分かったわ! 私はしばらく身体の外で様子を見ているから!』
「えっ!? でも、この身体はリリーシャさんのものなのに! 私が出て行く方が!」
『私、あんたがあたふたする姿をもっと見ていたいの。可視使いなんてそうそうお目にかかれないし! まあ、ピンチになったら助けてあげるわ!』
な、なんて太っ腹な……!
リリーシャはそう宣言すると、私の身体から出て行ったらしく、声が聞こえなくなった。
「ローランド、何一人で百面相してぶつぶつ言ってるの?」
「はっ!?」
我に返ると、クレア先生が怪訝そうに私の顔を覗き込んでいた。
「な、何でもありません!」
リリーシャはどこに行ったんだろう。疑問を持つと私は辺りを可視できた。色つきの風が吹き抜けて、クェンティンの傍で形を成す。リリーシャの幽霊はクェンティンを心配そうに見下ろしていた。
私に気づいたリリーシャはウィンクを送ってきた。幻覚でも夢でもなくこれは現実だった。
「ジュリアスとクェンティン君は回復しましたよ」と、アレクシス王子。
「ほ、ホントですか!?」
ジュリアスに駆け寄ると、彼の傷は塞がっていた。静かな寝息が聞こえる。
「よかった……!」
「医務室で様子を見るから帰りましょうか?」
「は、はい!」
そして、私は瞬間移動の風に巻き取られ、魔法学校の医務室に帰ってきたのだった。




