第九話 リリーシャと魔術師レリック=グレイ
私は、クェンティンに追いつくことができなかった。廊下の角を曲がったところで、彼の姿が消えてしまったからだ。
慌てて可視すると、階段を上っているクェンティンの姿を捕えることに成功した。階段を私も駆け上がっていく。
そのまま可視すると、屋上の扉を開けるクェンティンの姿を目撃した。彼は、迷うといつもここに来るのだろうか。屋上の隅でクェンティンは床に座り、開いたデータキューブを睨んでいた。私は、息を切らしながら彼に近づいて行く。
「クェンティン君……?」
私は恐る恐る声をかける。いつぞやの時のように、身体を乗っ取られていないかと案じてしまう。
「こいつが、俺のリリーシャを!」
クェンティンが憎々しげにつぶやいた。一応は、クェンティンの中身のようだ。安堵して私はクェンティンの隣に座った。
「私の話聞いていたんだね」
「ああ。聴くつもりはなかったけど、リリーシャの事を話していたから」
クェンティンが見ていたのは、軍警が出している妖魔の写真だった。彼は魔術師レリック=グレイの写真を目に焼き付けるようにじっと睨んでいた。
「クェンティン君、くれぐれも一人で無茶したらダメだからね!」
クェンティンは返答しない。ただ、妖魔の写真を睨んでいる。
まずいことになった。まさか、一番無茶しそうな人物が私とアレクシス王子の話を聞いていただなんて。
「クェンティン君……!」
「ああ、分かってるよ。香姫。皆で協力すればきっと倒せるはずだから」
クェンティンはデータキューブを閉じて、私の頭を軽くポンポンと叩く。
私は、ホッと息を吐いた。
「私、シャード先生に協力してくれるように頼んでくるね! みんなで一緒に倒そうね!」
「ああ」
シャード先生に協力を仰ぐために、私はその場から立ち去った。だが、その直後、クェンティンの目が何かを見つけて揺らいだ。
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私は、魔法学の教室が隣接している廊下を歩いていた。シャード先生に真実を伝えるためだ。
長閑で暖かな日差しが降り注ぐ。開いた窓からは風が吹き抜ける。何かが私の横を通り過ぎた。色つきの風だった。
不思議に思い、後ろを振り返るとその色を帯びた風は形を成した。
「え……っ!?」
それは、私を映した鏡ではないようだ。それは、クスクスと挑発的に笑っている。
「リリーシャ……」
乾いた声が口から洩れた。いきなり現れたのは、本物のリリーシャだった。どうやら疑問に思った私は、それを可視してしまったようだ。くらりと眩暈がする。何故こんなところに彼女がいるのだろう。
視線を下にやって私は驚愕した。しかし彼女には足がない。幽霊なのだろうか。
リリーシャの幽霊は立ちすくんでいる私の前まで来ると、声を張り上げた。
『可視編成!』
「ッ!?」
これは、軍警官やマクファーソン先生が使う瞬間移動の魔法だ。私は何の抵抗もできず、リリーシャの魔法によって瞬間移動させられてしまった。
「何事だ?」
その魔法に気づいたシャード先生が魔法学の教室から出てきたが、そこに私とリリーシャの姿はなかった。
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私とリリーシャを取り巻いていた風が消えると、私はだだっ広い開けた土地に瞬間移動させられていた。
「リリーシャ……?」
だが、そこにリリーシャの幽霊の姿はない。
代わりに、地面にゴミのように捨てられている人の姿があった。見覚えのある姿が目に焼き付いて、私の息は止まりそうになった。
すぐさま彼に駆け寄り、頬を叩いた。
「クェンティン君……? クェンティン君!」
クェンティンはスリ傷だらけで意識がないようだったが、私の大声に気づいてうめくと、僅かに身じろぎした。
彼は辛そうだったが、震える手を伸ばして私に何かを手渡した。
「これって……!?」
それは、例のデータキューブのキーホルダーだった。
「これって……!? まさか……!」
「ここに……リリーシャの……魂が……入ってる……ぐッ……!」
クェンティンは言い残すと、そのまま意識を失った。
「クェンティン君!?」
「面白いことになってきただろ?」
「えっ……!?」
声がして顔を上げると、そこにはデュランらしき人がいた。私はその姿を見て戦慄した。
「最悪だ……」
「くくくっ! 何がだよ? この体、最高に気に入ってるんだぜ?」
やはり、彼はデュランだった。表情のない顔で笑いながら近づいてくる。
「なんせ、この体は四億ルビーの賞金首だからな!」
デュランが魂を奪い、身体を乗っ取った人物。
それは、最悪なことに『魔術師レリック=グレイ』だったのだ。




