第八話 ジュリアスとアレクシスの確執*
「どうして、アレクシス様が!?」
「来てはいけませんか? 私は、香姫さんに会いたかったんですけどね」
「そんなことは……」
「ジェラルド・シャードから報告は受けていましたが、何かの間違いだと考えていました。香姫さんが魔導師アルテミスの違う姿を見たのは、その者の真実の姿かもしれません。つまり、魔導師アルテミスのふりをした妖魔ではないかと思ったんです」
アレクシス王子は、データキューブを護衛人から受け取った。
「可視言霊!」
王族でしか使えない特別な呪文を唱えると、普通の呪文と同じ反応を見せた。データキューブは開いて、写真を映し出す。
「これらは妖魔たちの写真です。見覚えがあったらストップと言ってください」
アレクシス王子が妖魔たちの写真をフリックして捲っていく。目を凝らしてじっくりと見て行く。五十枚ほど捲った時だった。
「あ! ストップ! この前の写真です!」
アレクシス王子の人差し指が滑って、ひとつ前の写真に戻された。
「彼がそうなのですか?」
「そうです! この人です!」
涼しげな目元に筋の通った鼻。笑うとそれなりに見栄えがすると思われるが、彼は表情が乏しい。
残留思念の中で見た彼そのままだった。
クレア先生はデータキューブを覗き込んで、写真に懸れた賞金と彼の名前を読んだ。
「魔術師レリック=グレイ!? 四億ルビーの妖魔じゃないの!」
「蟻地獄のデュランは三億ルビー。それよりも手ごわいようだ」
アレクシス王子がデータキューブを操作しながら唸った。
「レリック=グレイが、リリーシャさんを殺した張本人なんですね……」
どうやら、魔導師アルテミスは無関係だったらしい。
本当の敵は、私を殺した蟻地獄のデュランと、リリーシャを殺した魔導師レリック=グレイのようだ。しかも、高額の賞金がかかった妖魔だ。簡単に倒せる敵じゃない。今のままじゃ、私は彼らに勝つことは絶対に無理だ。
ふと、ドアの方でコトンという音がした。
ギクリとして視線を走らせる。
「失礼します……?」
ドアを開けたのはジュリアスだった。
「なんだ、ジュリアス君だったのか」
しかし、ジュリアスは様子が不自然だ。ドアを開けたまま廊下の方をしきりに気に懸けていた。
「どうしたの、ジュリアス君」
「いや? 大したことじゃないんだけど……ノースブルッグが、すごい勢いで走って行ったから何だろうと思って……」
「え……?」
クレア先生はハッとしたように私を振り返った。
「もしかすると、ノースブルッグは聞いていたのかもしれないわ!」
「大変! 私、追いかけてくる!」
私は、ジュリアスの横を通り抜けて、ドアから飛び出した。
「えっ!? リリーシャ!?」
ジュリアスは合点がいってない様子だ。一心不乱に走り去る私を唖然としたまま見送っていた。
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「一体何があったんですか? 追いかけるんで、早めに説明してください」
「実はね――」
クレア先生がジュリアスに香姫が言ったことを説明した。そして、アレクシス王子が妖魔の写真を見せて手助けしたことも。
だが、それを聞いたジュリアスは激昂した。
「また、アレクシス様ですか!」
「何がです?」
怒鳴ったジュリアスに、アレクシス王子はいつも通りの笑みを返している。
クレア先生は二人が知り合いだったということに驚いている様子だった。
「リリーシャを殺した人物が例え分かったとしても、香姫を巻き込まないでください! リリーシャを殺した人物と香姫は無関係だ!」
「……私は、香姫さんが知りたがっていたので、教えて差し上げただけですよ?」
「嘘だ! アレクシス様は、香姫の可視使いの力を無理に上げようとしている! キャロルの時もアレクシス様がそうやって開花させたせいで……」
ジュリアスは次のセリフを伝えるのを躊躇した。アレクシスはクスリと微笑んだ。ジュリアスの優しさを甘いと笑っているのかもしれない。
「何が言いたいのです? はっきり仰ったらどうです?」
アレクシス王子はジュリアスを挑発した。ジュリアスはカッとなって叫んだ。
「キャロルが死んだのはアレクシス様が原因だってことですよ!」
「アレクシス様に何と無礼な!」
思わず前に出そうになった護衛人の一人をアレクシス王子は手で制した。
「構いませんよ、ウィンザー」
「いや、言わせて頂きます! キャロルの事に知った風な口を叩くな。お前が香姫さんをこうして守れるのはアレクシス様の助力があったからということを忘れるな!」
「くっ……!」
「『出来損ない』のお前をここまで鍛え上げたのもアレクシス様だということもな!」
ウィンザーにぴしゃりと言い返されて、ジュリアスはもう何も言えなくなった。ジュリアスの握りしめた手が怒りで震えていた。