第五話 リリーシャの彼氏?
「クレアさんは、何の仕事をされてるんですか?」
「私は、ここの魔法学校の教師よ。シャードもね。ローランドは……ふっふっふ!」
「え……?」
「確か、ローランドのことが特に好きな少年がいたわね。名前は、クェンティン・ノースブルッグって言ったかしら」
「ええっ!? 私はどうしたら!?」
クレアは、完全に私の反応を見て面白がっている。
急にファンタジーの世界から、現実の問題の所まで引きずりおろされた。
そうだ。私の見た目はリリーシャなのだ。普通の異世界転生じゃないんだ。
「どうしたら? うーん……記憶喪失になりきるしかないんじゃないかな?」
「ええーっ!?」
「中身は鳥居香姫だと名乗らない方が良いわよ」
「やっぱり、クェンティン君がリリーシャさんの事を好きだったからですか?」
クレアが、楽しそうにニヤッと笑った。その微笑に嫌な予感を覚える。
「そうよ。ノースブルッグはかなりローランドにご執心だったわね」
「マジですか……クェンティン君の片思い……?」
「ううん、ローランドの彼氏だったの」
「まさかの両想い!?」
「リリーシャは、クェンティンって呼んでいたわね」
嫌な予感は当たっていた。
両想いなんてありえない! だって、私には好きな人が日本にいるのに!
心の中で絶叫していることは、クレアにも気づかれていない。
「ノースブルッグだけじゃなく、クラスの皆もリリーシャの事が好きな人が多かったから、言わない方が良いかな」
「でも……嘘つくなんて……」
クレアが持ってきたバッグの中から、何かを取り出している。
「はい、これ」
私に、服が手渡された。
「これに着替えて。ここの制服のローブと靴ね」
「ローブって、魔法使いみたいですね! 靴も可愛い!」
「魔法使いの学校だもの」
「そっかぁ、そうでしたね!」
私とクレアは笑い合った。畳まれていたローブの制服を広げてみる。ローブは紺一色で、セーラー服の上着を下までながく伸ばしたような可愛い制服だ。
靴は光沢のある黒いローヒールだ。履くときには、ベルトを締める。
魔法学校なんてファンタジーの世界みたい。昨日の恐怖心がいつの間にか新生活の期待感に取って代わっている。高揚感を感じながら、パジャマを脱いでローブに袖を通す。
ふと、脳裏を疑問がよぎった。
「カレイドへキサ魔法学校はベルカ王国のどこにあるんですか?」
「ベルカ王国の王都、『ルビーカラス』よ。ルビーカラスには宮殿もあるわ。王都のカレイドへキサ魔法学校でしか、魔法の事は学べないの」
「ふーん。じゃあ、どうしてここの生徒は魔法を勉強してるんですか? 良い職業に就くため?」
「それはね、『賞金首』の『妖魔』が暗躍しているし、『魔物』が出現するからよ」
「はい! 質問!」
「はい、ローランドさんどうぞ」
「妖魔と魔物ってどう違うんですか?」
「妖魔って言うのは、『悪い魔法使い』の事よ。悪い魔法使いを戒めて『妖魔』と呼ぶの。大体は、賞金首になっているわ。でも、妖魔となった悪い魔法使いは、その名の通りになって人であることを忘れて『魔物化』している者もいるけどね。『魔物』はもとから人じゃない生物のことよ。分かった?」
「なるほど! 悪い魔法使いは妖魔で、魔物は……私の世界で言うところの動物みたいなものですね」
「そういうこと。だから魔法学校ではその戦い方を叩き込むの。自分で自分を守れるようにね。一番優秀な生徒は、宮殿で雇ってもらえたりと良い職業につけるわよ」
「宮殿かぁ……!」
宮殿と聞いて私の気分は高揚したが、ここは物騒な世界なのだ。色々と用心しなければいけないのかもしれない。浮かれていた気分が少し引き締まった。
「このベルカ王国は国王様が治めてるの。国王様が作った軍警っていう組織が街や村に設けられていて、治安を良くしようと努めているわ。その軍警のお蔭と、魔法を使える国民が多いからある程度は平和に暮らせているんだけどね。魔法に関する職業も沢山あるわよ。マジックショップや、魔法料理店、魔法喫茶、魔法研究所とかね!」
「へええ!」
クレアは、ステンレスのワゴンから料理の入ったお皿をテーブルの上に並べている。
私はすっかり着替え終わり、そわそわしながらクレアのいるソファの所まで来た。
「はい! 質問!」
「はい、ローランドさんどうぞ?」
「野菜や果物はどうしてるんですか? 魔法で出すの?」
「ううん。ちゃんと土に種をまいて手間暇かけて育てるのよ。これが、その野菜や穀物を使った料理よ。暫くゆっくり食べていて? 私は用事があるから」
「はい、分かりました!」
私は、食事を見て歓声を上げた。テーブルの上には星形のクロワッサンのようなパンと思わしき物体と具材たっぷりのスープが並べられている。
クレアは用事があるらしく、医務室から出て行ってしまった。
私は、冷たそうなスープをスプーンで掬った。
酸っぱくて甘辛い。スパイスが効いていてさっぱりしている。トマトのような色とりどりの具材はアボガドのようでこってりして美味しかった。
パンはふわふわでものすごく弾力があり、噛むごとにもちもちとして癖になる。蜂蜜のような甘味料で覆っていて、シナモンのような香りがした。
朝食は空腹だったためか、異国の料理だったからか、珍しさも相まって美味しく食べることができた。
食後の満腹感を味わっていると、ドアの向こうから学生たちの楽しそうな声が聞えてきた。満腹の幸福感と楽しそうな声を聴いて警戒心が薄れていた。
そして、私は医務室の外に興味を持ったのだった。