第三話 マクファーソン先生とその奥さん*
「とぼけても無駄よ! アレクシス様から大体は聞いているんですからね!」
クレア先生は、蟻地獄のデュランの事を隠していた私たちに、腹を立てている。
私はジュリアスと目を見合わせた。クレア先生が勘付いた今、もはや隠し通すことは不可能だ。
「実は……」
観念したジュリアスは、洗いざらい告白した。アレクシス王子が気づいているなら、隠しても無意味だと思ったに違いない。アレクシスの腕輪の事や、デュランの事を告白すると、やっとクレア先生の怒りが静まったようだ。
「――だから、ハモンドはその女の人に眠らされた後に身体を乗っ取とられ、更にロイドを眠らせたということなのかな」
私が意見を言うと、クレア先生は唸った。
「となると、その女の人というのが、蟻地獄のデュランの可能性が高いわね」
「えっ……! あっ、そっか!」
デュランが女の人の姿をしていることは盲点だった。もともと、何者かはっきりしないのだから、性別が不明でもおかしくない。
それまで大人しく聞いていたクェンティンの顔つきが険しくなった。
「俺は、絶対にデュランを倒す! なんとしても、リリーシャの仇を討ちたいんです!」
クェンティンは手を固く握りしめていた。彼の気持ちが痛いほど伝わり、私もジュリアスも奮い立った。
「今度こそ、皆で倒そう!」
「うん!」
私たちは円陣を組んで手を重ね合い、打倒デュランを誓い合った。
・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜
その頃、シャードは寮の自室に戻ろうとしていた。魔法黒板に書かれた文字を綺麗に消去して、データキューブを持ち、魔法学の教室に鍵をかけた。
魔法灯が明々と着いた廊下を歩いてくる二つの影があった。それに気づいて、シャードは顔を上げる。
「マクファーソン先生、今からお帰りですか?」
「ええ、今から帰るところです」
廊下の二つの影の一つはマクファーソン先生だった。もう一人は、妙齢の女性だった。なかなかの美人である。
「そちらは?」
「……妻です。私の帰りが遅いので、迎えに来たらしい」
学校にまで迎えに来るとは、どうやら相当、仲が良いらしい。シャードは二人に当てられてしまった。
自分も離婚する前までは、妻とリリーシャの三人で仲良くやっていたのに。いつの間にか二人を羨ましいと思うシャードの気持ちは、悲壮感にすり替わっていた。
「主人がお世話になっております」
「いや、こちらこそ」
「では、失礼します」
二人は一定の距離を保ち、歩いて行く。シャードは違和感を感じて振り返った。それが何故なのか分からずに。
・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜
翌日から私はガーサイドに付きまとわれて大変だった。
ガーサイドは、私の古代魔法を間近で見たものだから、それを自分にぶつけてほしいというのだ。普段からアリヴィナに虐げられて喜んでいるし――少なくとも私にはそう見える――もしかして、生粋のマゾなのだろうか。
「俺と魔法勝負してください!」
「ごめんなさい」
ガーサイドが一礼したので、私も即座にお辞儀を返した。
「なんでだよ~!」
彼は、涙目になっているが、泣きたいのはこちらだった。私はけっして、ガーサイドの女王様ではないのだ。そんな私たちはクラスメイトの好奇の的になっていた。
「アミアン、リリーシャは記憶喪失だって言ってんでしょ!」
やはり、ガーサイドはアリヴィナに襟首を掴まれて喜んでいる――ように見える。一体、ガーサイドは私に何を求めているのだろうか。期待に染まった目をキラキラさせて私を見ている。
「そんなことないよな?」
「記憶喪失なの! 私に構わないでよ!」
私はとうとう泣いてしまった。そして、ジュリアスとクェンティンの影に隠れた。ガーサイドは、唖然としている。
「あ、あれ?」
「アミアン! リリーシャ泣かしてんじゃねぇ!」
例によって、アリヴィナにシメられていた。
「リリーシャも大変だねぇ、色~んな人にモテるからねぇ」
ジュリアスが、皮肉たっぷりに言ってハッと鼻で笑った。どうやら昨日、澄恋の裸を見て可視酔いしたことを根に持っているらしい。あの可視酔いは、不可抗力なのに。私は呻いた。
「古代魔法でふっ飛ばしてやればいいのに」と、クェンティンは苦笑している。
「そんなこと、できないって言ってるでしょ」
涙が、次から次に零れてくる。めそめそと泣いていると、優しい笑顔が降り注いだ。
「まったく……」
「しょうがないなぁ……」
『はい、これ』
ジュリアスとクェンティンの二人が同時にハンカチを差し出していた。
二人の笑顔が固まった。
「リリーシャ、僕のハンカチを使うよね?」
「俺のハンカチの方がアイロンが当たってて綺麗だから!」
「僕のハンカチは洗濯したばかりだし!」
二人の間に激しい火花が散り出す。
「ふ、二人とも、ありがとう……!」
何故に、そこで喧嘩が始まるのだろう。私は慌てて、二人のハンカチを受け取った。二人の迫力が物凄くて、涙はすっかり止まっていたのだった。




