第十五話 パスワードは、××?*
私たちは、何とかアリヴィナの攻撃をかわして、また三人で集まった。
「デュランが考えそうなパスワードって何だ?」
「皆目見当もつかないよ!」
アリヴィナの身体を乗っ取ったウォーグが、私たちに向かって襲い掛かってきた。口から電子音のような音が漏れたかと思うと、それは膨れ上がり光の塊になる。そして、ウォーグはそれをこちらに放った。
「うわああ!」
「きゃああ!」
続けざまに、ウォーグは光弾を連射する。その光弾は、内壁にぶち当たり、けたたましい音を立てた。けれども、建物はびくともしていない。校舎には防御の魔法がたっぷりとかけられているようだ。それをいいことに、アリヴィナの姿をしたウォーグは立て続けに攻撃を展開していた。パスワードを考える暇もなく、防御するしかできない。
「さっさと負けろ!」
後ろで、イザベラの姿をしたデュランが大笑いしている。
「このままじゃ、相手の思うつぼだよ!」
その時、後ろでドアが開く音がして、誰かが地下室の中に入ってきた。
「お前ら、何やってんの?」
「が、ガーサイド君!?」
姿を現したのは、アミアン・ガーサイドだった。一人調子外れて、キョトンとしている。アリヴィナは攻撃するのを止めた。そして、新たな人物に警戒して間合いを取っている。
「実は、アリヴィナがウォーグに身体を乗っ取られて……」
「ふーん、そうかよ……」
ガーサイドは、ジト目でアリヴィナを見て呆れている。特に心配した様子はない。思わずこちらが心配になってくるほどに。ガーサイドが黒幕というわけではなさそうだが。
「じゃあ、俺が元に戻してやる! 可視編成!」
「キャン!?」
ガーサイドは予告なしに、アリヴィナに向かって魔法弾を放った。魔法弾はアリヴィナの身体に命中してしまった。ガーサイドは、「やりぃ!」と、命中して喜んでいる。
「ちょちょちょちょっと、ガーサイド君!?」
あまりの対応に、私たちは唖然とするばかりだ。
「そんなことしていいのか!?」
「ロイドにもしものことがあったら!」
クェンティンとジュリアスも、無茶苦茶なガーサイドに焦っている。だが、ガーサイドは一人落ち着いている。
「アリヴィナが、この程度で怪我するとでも? 冗談!」
確かに、アリヴィナはリリーシャと教室で対立していただけあって、その程度でやられるとは考えられないが。ガーサイドはニヤリと笑って、呪文を連打した。
「あーっはっはっはっは! 今こそ、アリヴィナに積年の恨みを! 可視編成、可視編成、可視編成ーッッッ!」
「えええー!?」
轟音の中に、アリヴィナは消えた。
私たちはついて行けずに、その場に突っ立っていた。暴風にローブがはためく。
煙が引くと、アリヴィナは四つん這いで逃げ惑っていた。
「キャインキャイン!」
確かに、アリヴィナの身体は強靭で、怪我をした様子はない。だが、中に入っているウォーグは思いのほか驚愕したようだ。
「よーし……」
ガーサイドが、手をボキボキ鳴らしながら、アリヴィナの前に立つ。
「アリヴィナ、お手!」
「キャ……キャン!」
素直にアリヴィナは、右手をガーサイドの左手に置いた。降参して、ガーサイドを主として認めたらしい。
「よーしよしよし! 中身が違うと良い子だなぁ~」
ガーサイドは、笑顔でアリヴィナの頭をなでている。ウォーグはすっかり、ガーサイドに懐いて、「キューンキューン」と甘えた声を出している。
しかしこれはまるで――。
「犬だ」ジュリアスが呟いた。
「犬ね」私も頷く。
「確かに、もとは狼だから、似たようなもんかも」と、クェンティンも笑っている。
「こらこら、くすぐったいって!」
ウォーグとガーサイドはじゃれ合って笑っている。
その様子を見て、デュランはイザベラの姿で感心したように口笛を吹いていた。
「今のうちに!」
「蟻地獄のデュラン、ハモンドを返してもらう!」
ジュリアスとクェンティンが私の前に出た。椅子に座って傍観していたデュランも立ち上がる。
「やれるもんなら、やってみな! 可視編成!」
「可視編成!」
デュランとジュリアスの魔法弾がぶつかって弾けた。
「リリーシャ! 俺たちが何とかしているうちに、可視して!」
「う、うん!」
クェンティンは私に指示すると、魔法弾を繰り出した。ドンパチやっている中で、私は疑問を持って周りを可視する。
しかしイザベラを見ても、イザベラの裸が見えるだけで、可視する意味がない。
「どうしたら……」
イザベラの持ち物がここにあるわけでもない。アリヴィナの持ち物もここには――。アリヴィナの方を振り返ると、ガーサイドと目が合い、ぎくりとなった。
「リリーシャ、可視って何だ?」
「それはその……」
ガーサイドに打ち明けてもいいのだろうか。ガーサイドに伝わると、アリヴィナにも伝わるんじゃ……面倒なことになりはしないだろうか。躊躇した私の気持ちを汲んでくれたのか、ガーサイドは視線を外した。
「役に立つかどうかわからないけど、アリヴィナ、見慣れない首輪してる」
「それだ! それ頂戴!」
私は、首輪をガーサイドから受け取って可視した。これは何時間前ぐらいだろうか。
イザベラの姿をしたデュランが、眠っているアリヴィナと一緒にいる。眠っているアリヴィナに首輪をした様子が見えた。
『よし、アリヴィナ。首輪とっても似合ってるぜ~?』
暢気にデュランは眠ったアリヴィナ相手に話している。
徐に、デュランは視線を上げた。
『今頃、この首輪を可視しているだろなぁ? なあ、香姫?』
「……っ!?」
数時間前のデュランと目が合い、私は驚いた。流石は知能犯のデュランだ。彼は、私が可視することを予測して、わざと首輪というアイテムを残したのだ。そして、デュランは続けた。
『でも、残念だったな。パスワードは最初から存在しない』
「えっ!?」
私は愕然として、立ちすくんだ。何と言った?
『つまり、パスワードはないんだよ! アリヴィナとイザベラは永遠に元に戻らない! あはははは! 残念だったな!』
「そんな……!? パスワードは最初から存在しない……?」
「なんだって?」
ガーサイドが私の呟きに反応する。私は何と返せばいいのか分からずに、言葉を失っていた。