第十三話 行方不明の二人
魔法学校に帰って来たときには、日が暮れかかっていた。腹時計も空腹の時間を指示し始める。私は、ジュリアスと一緒に食堂に向かっていた。
食堂に行くときは、一旦校舎の外に出なくてはならない。色んな花の咲き乱れた通路を抜けると、料理の良い匂いがして大食堂が見えてくる。
食事時なのか、大食堂の中は全ての学年の生徒が入り乱れて賑わっている。ヨーロッパの教会のような歴史のありそうな白い建物は、千人ほどの生徒の数を吸収できた。中に入ると、丸い柱が所々ある広い空間になっており、テーブルクロスのかかった四人が座れるテーブルが、等間隔に並んでいる。壁は白く清潔で、掃除も行き届いていた。
正面に位置するガラス張りのケースにはいろいろな料理が皿に入って陳列しているし、焼きたてのパンはケースの上に大きなかごに入って並んでいた。教員や生徒が、好きな料理を取ってテーブルで食べるというシステムなのだ。
私は色々な種類のベーグルのようなパンを、二人分小さなかごに盛る。
ジュリアスは私と自分の分のラザニアのような料理とサラダをテーブルに運んだ。
「リリーシャ、シェイファー!」
「あっ、クェンティン君!」
空いた席を探していると、窓際にクェンティン君が手を振っているのが見えた。
「僕が、リリーシャを迎えに行くから、ノースブルッグに席を取ってもらっていたんだ」
「ありがとう、クェンティン君!」
「リリーシャ! 無事みたいで安心したよ……!」
クェンティンは、元気そうな私を見て胸をなでおろしていた。彼は、もう食事を済ませたらしい。
「実はね、大変だったんだ」
私は小声で今までの経緯を説明する。ここで秘密の事を話しても何ら問題はない。私の声は、ある程度離れているテーブルの空間と、賑やかな雑音に紛れてしまうからだ。
「それにしても、シャード先生って容赦ないよね。冗談だと思っていたのに本当に課題いっぱい出すかな」
「また、僕が手伝ってあげるって」
「また、明日医務室に集まろうぜ。俺とシェイファーが教えれば、一気に片付くって」
「手取り足取りね」と、ジュリアスがニヤリと笑った。
「うう、それは嫌だけど……よろしくお願いします……」
「やけに殊勝だな」と、クェンティンが笑っていた。
笑い話になったお蔭で食事は終始楽しかった。お喋りを楽しんだ後、食器を下げるべく立ち上がる。
「さて、そろそろお開きにする? それとも、医務室に行く?」
「どうしよっか?」
すると、生徒の顔を遠目に物色しているガーサイドの姿が目に留まった。
「ガーサイド君、誰か探しているの?」
ガーサイドは私の声にハッとして、顔を上げた。顔色が不安で染まっている。
彼は、縋るようにこちらに駆けてきた。
「ローランド!」
「ど、どうしたの?」
様子が変だ。ジュリアスとクェンティンも顔を見合わせている。
「アリヴィナ、どこにいるか知らないか?」
「知らないけど……何で?」
「放課後、待っていたのにあいつ俺との約束すっぽかしたんだよ」
「喧嘩したんじゃないのか?」と、クェンティン。
「違う、いつも言い合いになるけど、そんなことでアリヴィナは怒らない」
そこに、クラスメイトのメリル・カヴァドールが通りかかった。三つ編みがトレードマークの背の低いクラスメイトの女子だ。私と絶交したイザベラは、彼女と仲良くしているらしかった。でも、どうしてか、彼女の顔色も優れない。
「イザベラ知らない? まだ寮に帰ってないんだけど」
「イザベラさんもいないの?」
「二人してまた決闘してるんじゃないの?」と、ジュリアス。
「それなら、アリヴィナは俺に連絡してくるだろ。絶対変だよ!」
「そうそう!」と、カヴァドールも力強くガーサイドの意見に頷いている。
「じゃあ、手分けして探そう」
始めは、二人の事だからとあまり心配していなかった。けれども、これが大事件になるとはその時は思わなかった。
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手始めに、私はカヴァドールと一緒に女子寮のアリヴィナとイザベラの部屋を訪れた。けれども、簡単には見つからなかった。皆と手分けして、学校中の女子トイレや集まりそうな各教室を探したが、どこにもいない。
そして私は、ジュリアスとクェンティン、カヴァドール、ガーサイドと合流した。
「アリヴィナさんとイザベラさんいた?」
「こっちはいないよ」と、ジュリアス。
「こっちもいないぜ」と、クェンティン。
私は額から落ちてきた汗をぬぐった。彼らの頬からも汗が流れ落ちる。
「私、こっち探すから!」
「俺は先生に知らせてくる!」
カヴァドールとガーサイドは廊下を走り去った。廊下に魔法灯の明かりが点き始める。夜が辺りを支配し始めた。
「二人に何かあったのかな?」
もし、アリヴィナに何かあったら――。私は嫌な予感を振り払うように、頭を振った。
「リリーシャ、可視してみたらどうかな?」と、クェンティン。
「う、うん、さっきからしてるんだけど……」
私は、疑問を持つと自然に可視出来る。時間を遡っていくのは酷く疲れるのであまりしないのだが、そうも言っていられない。
私は廊下の先を睨め付けるように可視した。すると、録画を巻き戻すかのように早足で人の残像が通り過ぎていく。すると、気になる映像が目に映った。
「……あれ? この廊下に緑の葉が……」
「葉っぱなんてどこにでも落ちてるだろ?」と、ジュリアスは呆れている。
「違うの。何かを示すような感じで、ずっとそれが廊下の先まで続いているの」
まるで何かの道しるべのようだ。誰かがわざと緑の葉を廊下に並べ置いたような。徐にジュリアスがデータキューブを取り出して開いた。
「緑の葉は、どんな形している?」
どうやらデータキューブで調べてくれるようだ。私は、その場にしゃがんで数時間前に落ちていた緑の葉をよく観察しようとした。
「ええと、小さくて、丸くて……」
「それじゃあ、分からないって……」
クェンティンが廊下の端に歩いて行き、隅から何かを拾い上げた。
「もしかして、これ? 隅に落ちてたけど」
「そう! これだよ!」
「待って?」
ジュリアスがデータキューブの情報と照らし合わせている。ジュリアスは暫く眉間にしわを寄せていたが、次の瞬間それが緩んだ。
「分かった! この植物の名前は……ペペロニア……『ペペロニア・イザベラ』!?」
「ペペロニア・イザベラの葉が指し示している先にイザベラ・ハモンドがいるってことじゃない?」
「手の込んだことをするなぁ……」
私たちは空笑いした。考えることが遊楽じみている。まるで、何かのゲームのようだ。
「とにかく行ってみよう!」
ジュリアスの言葉に、私とクェンティンは頷いた。
私は可視しながら『ペペロニア・イザベラ』の道しるべを辿って行く。
階段を降りて進むが、ここから先はあまり来たことがない。
「こっちだよ!」
「地下室……?」
ジュリアスも私と同じくここに来たことがない様子だ。ジュリアスも私も魔法学校に来て日が浅いのだから仕方ない。しかし、クェンティンはこの場所を知っているらしかった。
「ここは、古い書庫だよ。ロイドが持っていたような辞書や日誌が沢山保管されている」
「なるほど、書庫か」と、ジュリアス。
学校の図書室のようなものかもしれない。普段あまり使われていないのは、データキューブがあるから図書室などなくても事足りるのだろう。
「貴重なものだからここから先は先生から鍵を借りてこないと入れないよ」
「えっ、でも……」
ドアを開けると、簡単に扉は動く。地下室への鍵はすでに空いていた。
私は、ジュリアスとクェンティンに目くばせした。二人は頷く。
私はそっと地下室への扉を開けた。魔法灯のスイッチが勝手に入り辺りをぼんやりとした光で映し出す。地下室には体育館くらいの敷地が広がっている。
「物が全部無くなってる!?」
クェンティンが驚きの声を上げていた。そこには、本どころか本棚さえない。車の止まっていない駐車場のような灰色のコンクリートの空間だ。
奥から、足音がして誰かが歩いてきた。
それは、イザベラだった。私は、ほっと胸をなでおろす。イザベラは無事だった。
「イザベラさん、カヴァドールさんが探してたよ」
駆け寄ろうとした私をジュリアスとクェンティンが止めた。
「様子が変だ」
「行くな」
彼女は、彼女らしからぬ表情でニヤリと笑った。
「私の愛しい香姫さん、やっと来ましたね」
戦慄して、私の肌は粟立つ。私は、この喋り方をよく知っていた。ずっと前に、クェンティンの身体を乗っ取った黒幕だ。
私は、アレクシス王子が教えてくれた妖魔の名前を思い出していた。