第四話 空白の時間?
「あれは、一昨日のことだったわ。リリーシャ・ローランドが魔物に襲われたと匿名で連絡が入ったのは」
「魔物に襲われた……?」
「そう」
私、鳥居香姫は、黒いもやに襲われて命を落とした。それだけではなく、リリーシャもまた魔物に襲われて命を落としていただなんて……。でもそれでは、私がリリーシャとして転生した説明にはならない。
「私とシャードが駆け付けると、森の中でローランドが倒れていた。このデータと一緒にね」
クレアが角の丸い立方体を手のひらの中で転がした。それは冷蔵庫の氷ほどの大きさの物体だった。
「これは?」
珍奇なものを見ているような視線を注いでいると、クレアが寂しそうに苦笑した。
私は、この立方体の名前を知らない。そのことで完全に、私がリリーシャではないと証明された。だから、クレアはガッカリしているのだろう。
「……これは『データキューブ』よ。読み書きしたりする道具よ」
「ノートや本のようなものですか?」
「まあ、ノートも本も一昔の物ね。今はデータキューブで大体をまかなっているわ」
クレアが私の手のひらにそれを乗せた。
「これを開いて読むの」
「よ~し!」
私は舌なめずりして、力任せに引っ張ったが、びくともしない。クレアが、隣で苦笑している。どうあがいても、どうにもならない。
「これ、開きません……」
「これは、魔法で開閉するのよ」
「魔法なんて使えるわけが……!」
「はいはい、こうやるのよ。可視編成!」
クレアは手を翳す。魔力を帯びた声が、高音と低音を一斉に奏でる。
すると、データキューブに変化があった。一つの立方体は、四つの小さな立方体に分解して開き、そこから光がホログラムのように伸び、文字を映し出した。
「わぁ……」
私は恐る恐る、それに手を振れた。光の文字の部分は触ろうとしても、通り抜けてしまうので、キューブの角の部分を持つ。
そこには文字が浮かんでいたが、日本語ではなかった。しかし、リリーシャ・ローランドに転生しているお蔭なのか、易々とその文字が読めることに気づいた。
そこには、『鳥居香姫』の詳細が記されてある。日本国出身。十六歳で何者かに襲われて亡くなったこと。霊感が特に強かったことや、日本国では魔法を使えないことなどの簡単なデータも添えられていた。
そして私が、転生して、全てを見通す存在の『可視使い』になったらしいことも。完全に生き返らせるには蘇生の魔法をかけなければならなかったことも。
「なんで、こんなものが?」
「分からないわ。ローランドもまた事件に巻き込まれたのかもしれないわね」
「事件……」
「ローランドが魔物に殺されてから、私とシャードが貴方を蘇生するまでの空白の時間に何かがあったのかもしれないわ」
私は、口を噤んだ。
クレアの言うとおりだとすれば、『何かの目的のために』私の魂とリリーシャの身体が同化させられたということか。それは、十中八九『可視使い』という特別な存在を人為的に作り出すためだろう。となれば、私がここで普通にリリーシャ・ローランドとして生活していれば、『何らかの目的を達成するために』向こうからアプローチをしてくるはずだ。
「分かりました。何が目的か分からないけど、謎が解けるまでここで生活してみます」
「そう、その方が私も安心よ」
私は、決意を胸に秘めて、黒幕への復讐を誓った。