第十二話 助けられた理由
「アレクシス様、腕輪をどうぞ……!」
「ありがとう」
軍警官が跪き、青いビジュのついた腕輪をアレクシス王子に捧げた。
アレクシス王子はそれを手に取って右腕に付ける。
「確かに私の腕輪です。見つかって本当に良かった」
彼が全然怒っていないことに私は安堵していた。アレクシス王子は自分の手元に腕輪が戻ってきて本当に嬉しそうだ。
「実はその腕輪の事なんですけど……!」
そして、私は全てを打ち明けた。その腕輪をクェンティンの身体を乗っ取った犯人が身に着けていたこと。腕輪を見てもあまりよく分からなかったこと。怖くなって捨ててしまったこと。でも、再び私の部屋に舞い戻ってきたこと。
それを、身振り手振りを交えて、一生懸命にアレクシスに伝えた。私が可視使いだとはまわりに悟られないように言葉を選んで。
アレクシス王子はそれを聞いて、再び微笑んだ。
「宝石箱の中に仕舞っていましたから、分からなくても仕方ありません。貴方の部屋にあったということは、恐らく、私に貴方を処刑させたかったんでしょう。貴方を確実に殺すために、私の権力を利用しようとしたとそう言うことでしょう」
やはり、黒幕は一筋縄ではいかない。権力を利用してまで私の魂を食べたいのだろうか。
私の緊張した様子をアレクシス王子は変に思ったらしい。
「どうかしましたか?」
「あの……失礼ですが、黒幕はアレクシス様ではないのですか? 私を殺そうとした黒いもやの正体もアレクシス様ではないのですか?」
「アレクシス様に向かってなんと失礼な!」
それを聞いた軍警官の一人が襟首掴まれそうな勢いで私を怒鳴ったので、私はビクッと震えた。
だが、アレクシス王子は彼に絶対零度の微笑を向けた。
「……君もクビになりたいのですか?」
「い、いえっ!」
軍警官はガクガクブルブルと震えている。首を切られてはたまらないと言わんばかりの緊張感が辺りに走った。アレクシス王子は非情なのか。それとも私のことを想ってくれているのか。
でも私は、アレクシス王子の喋りを聞いていると、クェンティンが乗っ取られていた時に帰ってしまうのだ。喋り方が似ているような気がするので、どうも落ち着かない。
アレクシス王子の顔から笑みが消えて真剣な顔つきになった。
「私が黒幕ということはあり得ません。もしかすると、貴方を疑心暗鬼にさせるつもりだったのかもしれません」
「疑心暗鬼……確かに」
黒幕は頭が切れる上に、私を精神的に追い込んでくる。これは、黒幕の手口だ。ジュリアスはアレクシスを信用するなと言っていたが、アレクシス王子は私の事を助けてくれたから、黒幕ではないはずだ。彼が黒幕なら、腕輪の罪を被せた上で処刑すればいいだけの話なのだから。
徐にアレクシス王子が、壁に貼られている妖魔の顔写真の前まで来ると、その一つを指差した。
「犯人は賞金首の『蟻地獄のデュラン』でしょう。身体を乗っ取るのは彼の手口ですから」
「蟻地獄のデュランですか」
私の身体を乗っ取ったのは、妖魔の賞金首だったのか。蟻地獄のデュランには、三億ルビーの賞金がかかっている。ルビーというのはベルカ王国の通貨らしい。
彼の顔は、特徴のない平均的な顔立ちをしていた。けれども、この写真が何になるというのだろうか。彼は、この体を捨てたのかもしれないし、この体も乗っ取った物だとしたら。
「アレクシス様は腕輪を奪ったと、私を疑わないのですか?」
蟻地獄のデュランと同く、私も捕まってもおかしくない容疑をかけられていたのに。
「全然、疑いませんね」
「どうしてですか?」
アレクシス王子は相変わらず人の良さそうな顔をしている。全ての国民を愛しそうなそんな表情で。彼の事だから、博愛精神だとか、人を疑ってはならないと言い出しそうだった。
けれども、全然違う理由だった。
「私が、殺された香姫さんの魂を助けたからですよ。貴方が、犯人に殺されて魂を食べられてしまう寸前にね」
アレクシス王子が私の魂を助けた!?
思いもよらないことを聞かされて、度肝を抜かれた。
「そ、それって、ホントなんですか!?」
「ええ、嘘は申しません。黒いもやはおそらくデュランの魂。魂でなければ、そちらの世界には行けませんからね。私もこちらの世界から可視言霊を使って貴方を助けたのです」
「丁度その時にたまたまリリーシャさんが殺されたのです。だから、その体と合成させて、貴方をこちらの世界に転生させたわけです。今度は簡単に、魂が身体から抜け出ないようにしてね」
「そして、貴方をカレイドへキサ魔法学校に守ってもらっている。だから、貴方が私の腕輪を盗むという不利な状況に自らするはずがないと分かっているのです」
「そうだったんですか……」
「それに、貴方はそんなことをするような人ではありませんから」
だとすると、私が可視使いになったのは偶然だったのか。たまたま、こちらの世界の王子に助けられた。だから、私を殺した犯人は私の魂を食べたいがために、私を未だに付け狙っているということなのだろうか。
何か、違和感があるような――。
「リリーシャ!」
呼ばれて振り返ると、廊下の端からジュリアスが血相を変えて走ってきた。
私はジュリアスの元に駆け寄った。
「ジュリアス君……!? どうしてここが分かったの?」
「取り調べるためにリリーシャが軍警に連れて行かれたって聞いたから、彼らに連れて来てもらったんだ」
「心配かけてごめん。でも、アレクシス様が助けてくれたから大丈夫だよ」
アレクシス王子が助けてくれて、ジュリアスが迎えに来てくれた。今の状況に安堵していた。ジュリアスが私の笑顔を見て、呆れたように笑う。
「何笑ってんだよ。本当に心配したんだからな」
軍警官は、アレクシス王子に歩み寄って彼に耳打ちした。
アレクシス王子は軽く手を上げて了解の合図を取ると、私の元にやってきた。
「香姫さんは、キャロルの腕輪を見て倒れたそうですね。私が清めて差し上げましょう」
「えっ!? アレクシス様がこの腕輪を清めてくださってたんですか?」
「ええ、そうですよ」
そう言えば先ほども、アレクシス王子はそんなことを言っていた。ジュリアスを窺うと、彼はアレクシス王子を仏頂面で見ていた。ジュリアスは、確実にアレクシスをよく思っていない。もしかすると、私の知らない過去に何かあったのかもしれない。その事を私は訊けずにいた。一触即発の空気を刺激することが怖かったからだ。
アレクシス王子は私の腕輪のはまっている右手を取って、もう片方の自分の手を腕輪に翳した。
「可視言霊!」
王族しか使えないという特別な呪文だ。緑色の光が私の腕輪を包み込む。
「これでもう大丈夫なはずです」
「わぁ、ありがとうございます!」
ジュリアスがそっと私の手を取った。そして、私に微笑みかけた。
「もう帰ろう? シャード先生が課題をたっぷり出したから僕が手伝うようにってさ」
「たっぷり!? じゃあ、早く帰らなきゃ……!」
「アレクシス様、今回だけはお礼を申し上げます。香姫を助けてくださってありがとうございます」
ジュリアスが私の事を『香姫』と呼んだので、私の心臓はドキッと跳ね上がった。本名で呼ばれたので驚いたのだろうか。
アレクシス王子はジュリアスにも優しい微笑を向けている。
「特に気にしなくて構いませんよ」
また、アレクシス王子が私に微笑みかけた。もう、蟻地獄のデュランとアレクシス王子を混同するような恐怖心はない。その代りに、優しい兄に接するような安らぎが生まれていた。
「香姫さん。今度は宮殿に遊びにおいで」
「はい! また、遊びに参ります!」
そして私とジュリアスは、軍警官に魔法をかけてもらって、また魔法学校に帰ってきたのだった。




