第十一話 香姫(かぐや)とアレクシス
「……私に何の用でしょう?」
「私どもはアレクシス様の腕輪を探しております。寮にある貴方の部屋を見せてくださいませんか」
私の胸がひときわ強い鼓動を打った。
「ど、どうしてですか? 何故、私の部屋に?」
「それは、行ってみればわかることです」
軍警官は「可視編成!」と呪文を唱える。
高音と低音の二重音が響き渡ると、私と軍警官たちは巻き起こった風に身体を巻き取られた。そして、気が付いたときには私の部屋に瞬間移動させられていた。軍警官たちまでマクファーソン先生のような瞬間移動が使えるとは――。
ピンクを基調としたリリーシャの部屋に軍警官が居るのは釣り合わない。軍警官の靴音で私は我に返った。
彼は私の勉強机の上からあるはずのない腕輪をサッと手に取った。
「その腕輪は……!」
私の肌は、戦慄して粟立つ。私の部屋にその腕輪はあるはずがないのだ。軍警官が手にしたのは青いビジュのついた腕輪だ。それは、クェンティンを助けた時に、私が医務室のごみ箱に捨てたはずだった。だから、てっきり焼却されたと思っていたのに。
軍警官はこちらに振り向いて、私に腕輪を見せつけた。軍警官たちの目が鋭く変化する。
「これは、何ですか? どうして、貴方の部屋にあるのですか?」
「そんなの知らない! 貴方たちこそ、どうしてここにあるって分かったの! 変じゃない!」
「垂れ込みがあったのです。この部屋にあると」
垂れ込み……? ますます変だ。彼らは私を陥れようとしているとしか思えない。
「貴方たちこそ! 貴方たちのその瞬間移動の魔法を使えば、何だってできるじゃない!」
「この魔法は上の者たちに常に監視されております。だから、違法なことはできません」
「マクファーソン先生も……?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、一体誰が? だってその腕輪は……」
確かにゴミ箱に捨てたのに――。その事を素直に告白しそうになって、慌てて口を噤んだ。王子様の腕輪を捨てるという行為も咎められそうだと思ったからだ。
「ともかく、アレクシス様の命で貴方を連行いたします! 可視編成!」
再び、私は軍警官の魔法によって風に巻き取られ、気が付いたときには瞬間移動させられていた。
・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜
そこは、取調室のようだった。じめじめした部屋で、煉瓦の隙間から苔が生えている。切れかかった魔法灯の光がちかちかしている。そして、木の机が一つと、椅子が二つあった。
私は促されてその片方の椅子に座った。
しばらく待っていると、怖そうな髭を生やした上官が入ってきて、机の向こうの椅子にどっしりと腰かけた。
「この腕輪は、確かにこの小娘の部屋にあったのか?」
「はい、確かにありました!」
上官の言葉を受けて、軍警官はきびきびとした動作で敬礼した。
「その腕輪が何だっていうの? 王子様ならそんな腕輪なんて簡単に買えるでしょ」
「この腕輪はな! お亡くなりになったレオセデス王女の形見だ! それをお前は」
王女様の形見!? 流石の私もこれには顔色なしになっていることだろう。
私を論破しからしめた上官は、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「お前は、とんでもない盗人だな!」
「そ、そんなこと知らない……!」
そんな大事なものを無くす方も無くす方ではないか。もしかして、私は嵌められたのだろうか。あの、クェンティンの身体を乗っ取った黒幕に。
私は、後味の悪い結末を想像して震えた。捕えられて処刑されて。挙句の果てに、あの黒幕に魂まで食べられてしまうのだろうか。
「ええい、この小娘を牢屋に入れておけ! 明日は、拷問してでも自白させろ!」
「了解しました! あっ、コラッ!」
軍警官の隙を見て、私はそこから逃げ出した。
私は、全身の力を振り絞って辺りを可視する。
どうやら、ここは地下牢の取調室らしい。可視する限りでも軍警官は辺りにはいない。
私は地上へ続く階段を駆け上がった。廊下を疾走する私に、後ろから声がかかった。
「待ちなさい!」
聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、軍警官が私の目の前に姿を現した。見る限りでは、瞬間移動の魔法なのは明らかだ。逃げようと振り返ると、アレクシス王子が私の目の前に舞い降りた。私は、尻餅をついてしまった。
気が付くと退路を塞がれていたのだ。
「ごきげんよう、リリーシャ」
「あ、アレクシス様……!」
相変わらずアレクシス王子は上品だった。こんな時でさえ、ふんわりとした人の良い笑みを浮かべているのだから。
「アレクシス様! 捕まえてくださったのですか!」
後ろから、上官が駆けて来た。アレクシス王子は口元に笑みを浮かべて言った。
「とんでもない事をしてくれましたね」
「本当に、この小娘はとんでもない事を! すぐに、拷問して白状させますゆえ!」
「拷問して白状ですか」
アレクシス王子はクスクスと笑っている。もう、私の人生は終わりだ。
拷問されて死んだ挙句に、黒幕に魂まで食べられてしまうのだ。ついに私は泣いてしまった。
だが、アレクシス王子は歩いて来て、ハンカチを渡してくれた。
「えっ?」
急に風向きが変わったような……?
アレクシスは微笑んでいるが、目は笑っていない。だが、その怒ったアレクシスの目は、上官の方を向いている。
「リリーシャは私の大事な親友なんですけどね?」
「え゛!?」
それを聞いた上官は、瞬間凍結したように動かなくなった。
「君はクビですね!」
アレクシス王子はにっこりと笑って、首を切るしぐさをする。
「アレクシス様のバカァ!」
泣きながら去っていく上官の姿を、私は唖然としながら見ていたのだった。