第六話 帰還不可能……?
「ビートン先生! リリーシャさんがいません!」
「なんだって!?」
イザベラが事態を報告したのは、香姫の姿が消えて暫くした時の事だ。酷く狼狽した風を装っていたが、それが真実なのかはイザベラしか知らない。
ビートン先生とイザベラの事態に窮した声を聴いて、クラスメイト達は騒然となった。
「リリーシャさんがいない?」
「どうして?」
ビートン先生が、あれほど洞窟で迷うと出てこれなくなると言っていたのに。いくら、あのリリーシャとはいえ無謀すぎる。それに、今のリリーシャは……。口々に戸惑った呟きが生まれる。
それを聞いて一際青ざめていたのはクェンティンだった。ジュリアスは、決心したように一人頷いた。
「僕が助けに行く!」
「俺も!」
駆け出そうとするジュリアスとクェンティンをビートン先生が腕を掴んで止めた。
「待ちなさい!」
「ビートン先生、行かせてください!」ジュリアスが手を振り払おうとした。
「生徒たちを守るのが私の役目です! 行かせません!」
その押し問答を、イザベラが戸惑いながら傍観している。まさか、ジュリアスが救助に向かうとは思わなかったのだろう。
何もしないイザベラ・ハモンドに一番激怒したのは、アリヴィナだった。
「イザベラ! アンタと仲良くやっていたから任せていたのに!」
「私は何もしてないわ! 勝手にいなくなったのは、リリーシャさんの方よ!」
「イザベラ、アンタ……!」
「やめろ!」
アリヴィナが掴みかかろうとしたのを、ガーサイドが止めている。一触即発の空気だ。
「そこ、ケンカしない! ローランドさんが魔法を使えば、何とか帰ってこれるかもしれないから、まずは落ち着いて」
ビートン先生は、繋がれた犬のようなクェンティンとジュリアスの腕を必死で止めている。
「ビートン先生、ご存じないんですか! リリーシャは魔法が使えないんですよ!」
クェンティンの言葉に、一同は静まり返った。ビートン先生は香姫が魔法を使えないことを知らなかったようだ。その事を知って青ざめていた。
「どうすれば……!」
「ちょっと待ってください」
一同が振り返ると、ジュリアスが軽く手を上げていた。
「リリーシャを助ける方法を思いつきました」
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夢の中でいるようなはっきりしない意識の中に私はいる。私は夢中でその女の幽霊について行っていた。幽霊に魅せられた私は、それを追うことに一種の喜びを感じていたのだ。
すると、洞窟の中で、一際広い部屋に出た。辺りは薄暗いが、可視しているので良く見える。床には大きな魔法陣が一つあり、蝋の流れた後がある。ここで、巫女たちが儀式をしていたのだろうか。
しかし、私をここに連れてきたがっていたその幽霊は、気が済んだのか消えてしまった。
唐突に、魔法が解けたように意識が現実に戻った。だが同時に、とんでもない事を仕出かしてしまったことにようやく気付いたのだ。
「えっ……!? なんで、私ここにいるの!?」
私の声が洞窟の中で反響した。周りを見渡しても、私しかいない。その事にまた愕然として大慌てした。
水滴の落ちる音が静寂の中響き渡って木霊しているが、私の心臓の音の方がうるさかった。
「ちょっと待って!? はぐれると二度と帰って来られないって……!」
私の心臓は早鐘のように脈打っている。もしかして、私はここで死ぬのだろうか。誰の助けも来ないまま。必死で死の恐怖を打ち消して、自分の感情をコントロールしようとした。
「おちつけ、何か帰る方法があるはず」
パニックになりそうになるが、私は必死で無い知恵を絞った。ここは、洞窟の奥の方なのだろう。冷房が効いているくらい涼しい。
「寒い……!」
体が冷えてきたので、自分の腕をさすった。ふと、腕輪に視線が留まる。ジュリアスがくれた、可視使いの力を引き出した腕輪だ。
「そうだ、私は可視使いなんだから、この部屋を可視すれば!」
何故、この力を使うことに気付かなかったのだろう。けれど、それはぬか喜びに終わる。
「あれ……? 可視できない!?」
可視使いの力を使ったものの、何も見えなかった。時間が経っているせいだ。それ以上を可視することは、今の私では無理のようだ。最近、ここに迷い込んだという強者も居ないらしい。誰もいないのに、風の吹きぬける音が唸り声となって響いてくる。
「なんか、怖いな……」
ごく自然に、そのうなり声の方向を可視していた。すると、サーモグラフィを通した時のように、空気の振動が見えたのだ。それは、向こうから響いてくる小さな音だ。
「ちょっと待って? もしかして、誰かが私を呼んでいるんじゃないのかな?」
空気の残留思念を捕えて『可視編成』することは不可能だと授業で習ったが、空気の振動を『可視』することはできるようだ。空気の振動なのではっきりしないが、『ファルコン組』のクラスメイト達の声なのかもしれない。それは、空気に溶け込んで儚く消えていくが、そのどれもが私を心配しているように思えた。
「みんな……!」
私は、空気の振動を追って洞窟の部屋から駆けだした。不安なのでずっと可視していたが、どうやらそれは正解だったらしい。途中にトラップがあったが、可視したおかげでそれを避けることができたからだ。
通路を通るとき、がい骨が転がっているのを見かけたときは、背筋が凍った。怖くて、風の吹いてくる方へひたすら走った。暫く走ると、明りが見えてきた。
「可視編成! 香姫ーッッ!」
「可視編成! 香姫ーッッ!」
クェンティンとジュリアスの声が振動となって響き渡る。その振動はどうやら、魔法で拡声しているらしかった。
足を踏み入れると、魔法灯の明るい世界がそこに広がっていた。柔らかな黄色い光が目に染みわたっていく。
足音に気づいたジュリアスが、魔法を解いて私を迎え入れた。
「リリーシャ! どこに行ってたんだよ!」
「たっ、ただいま……! 心配かけてごめん!」
ジュリアスとクェンティンは、駆け寄って一緒くたに私を抱きしめた。
「シェイファーが、拡声して呼んだらここまで辿ってこれるかもしれないって考え付いたんだよ」
クェンティンは、今にも泣きだしそうだ。
「ノースブルッグだって、ずっと協力してくれてただろ?」
「ジュリアス君、クェンティン君、ありがとう! 心配かけてごめんね!」
安心したせいで、私はまた泣いてしまったのだった。




