第三話 夜の七時
私は、医務室のベッドの上に座って落ち込んでいた。ガーサイドとクレア先生が、慰めてくれている。けれども、私の心は癒えない。
日本にいた頃、幽霊が見えるということを打ち明けた私は、クラスで仲間外れにされたことがあった。その事を思い出して一人沈んでいた。
「リリーシャ!」
ジュリアスに続いてアリヴィナも入ってくる。
「ジュリアス君……クェンティン君と何の話をしていたの?」
不安になって尋ねると、ジュリアスはそれを払拭するように微笑んだ。
「僕とノースブルッグはリリーシャの事を相談していただけだよ」
「えっ、私の相談?」
「そう、君の相談!」
「悪口言うために二人して出て行ったんじゃないの?」
「そんなことするはずないだろ?」
ジュリアスは安心させるように、微笑んだ。どうして私のことを相談するのかが分からない。私の事を話すなら、私の前で話せば良いことなのに。
「良かったね、リリーシャ。じゃあ、私等はもう寮に戻るわ」
「じゃあな」
アリヴィナとガーサイドが去った後は、妙に辺りが静かになっている。
静けさに安心したのか、お腹が切ない音を立てた。
「それにしても、お腹すいたなぁ……」
私はお腹をさすった。辺りは暗くなって、魔法灯の光がいつの間にか点いている。医務室の掛け時計は、夜の七時になろうとしていた。
「早く食べに行かないと、食堂閉まっちゃうわよ? てっきり食べたのだと思っていたのに」
クレア先生は、まだ夕食を食べていない私たちに驚いていた。暢気に構えてて、食事を摂ることを忘れていたのだ。
「ええっ、どうしよう!」
「早く行こう!」
ベッドから下りて靴を履く。
ジュリアスの手を取って駆け出そうとしたときだった。
「それには及ばないよ」
「クェンティン君!」
クェンティンがドアを開けて入ってきた。彼が手をサッと滑らせると、ドアから食器が入ってきてテーブルの上に整列した。
コーンのような甘い匂いがするクリームパスタと、ハーブとお酒の香りがする白身魚のソテー。しかも、オレンジのような柑橘系の付きのジュース付きだ。
しかも、ちゃんと二人前ある。クェンティンは食堂から魔法を使って持ってきてくれたらしい。やっと魔法を解いて、一息入れる様にソファに腰かけた。
「ふぅ……ほら、リリーシャもシェイファーも食べて」
「わぁ! 美味しそう!」
「僕の分まで持ってきてくれたのか?」
「実は、食堂で待っていたんだけど、リリーシャやシェイファーが来ないうちに食堂が閉まってしまったからね」
これには、ジュリアスも感動したようだ。私たちの間でクェンティンの株が上がった瞬間だった。
「クェンティン君ありがとう!」
「ノースブルッグ、サンキュ!」
「どういたしまして」
私たちはクェンティンが見守る中で食事を開始した。そこに一人の少女が気分悪そうにしながら入ってきた。クラスメイトのイザベラ・ハモンドだ。
「クレア先生、お腹が痛くなったので、治癒の魔法をかけてくれませんか?」
「ああ、ハモンド、そこに座って?」
ハモンドはクレア先生に治癒の魔法をお腹にかけてもらっている。当然ながら、ここは私専用の医務室でもなければ、私たちのたまり場でもない。普段通りに気分の悪い生徒たちが、クレア先生の治癒の魔法を頼りにやってくる。
「このパスタ、美味しい! クェンティン君、選ぶの上手だね!」
クェンティンを褒めると、ジュリアスの片眉がぴくっと跳ね上がった。
「リリーシャ、知ってた? 夜遅く炭水化物を取ると太るんだよ」
「えっ!?」
ジュリアスが意地悪そうな顔をして私の耳元でささやいたのだ。それを聞いたクェンティンは苦笑している。
「大丈夫だよ。リリーシャは太っても可愛いから」
「ありがと、クェンティン君!」
しっかりと、ジュリアスの囁きは周りに聞こえていたようだ。私とクェンティンは仲良く微笑み合う。
ジュリアスは面白くなさそうだったが、気を取り直して意地悪そうに笑った。
「確かに、ぷくぷくして可愛いよ、ぷくぷくしててね」
そう言いながら、私の腕を軽くつまんだ。私は、ムカついて勢いよくジュリアスの手を振り払った。
「ジュリアス君は相変わらず意地悪だよね! モテないよ!」
私が反撃すると、ジュリアスはフフンと笑って続けようとした。
「そんなことありません!」
ジュリアスはセリフを奪われて、口をぱくつかせている。
「えっ……?」
今のセリフは一体……? 一斉に声の方に視線をやると、イザベラ・ハモンドがそこに立っていた。お腹を壊して医務室にやってきた少女だ。先ほどまで、クレア先生に治療されていたようだけど……?
彼女は、ジュリアスを見つめて、立っていた。