第一話 不可解な腕輪
何の変哲もない、青いビジュが一つ入った腕輪。
私は、落ち着いてじっくり観察しようとベッドの横の椅子に座った。クェンティンはベッドで上体を起こしたまま、腕輪を持って考え込んだ私を見ている。
私とクェンティンが正体不明の腕輪について思い悩んでいると、不機嫌なノックの音がした。
そして、ドアが少し開く。
「なあ、もう入ってもいいかな?」
ジュリアスがドアの間から顔を覗かせて、面白くなさそうに言った。私の目とジュリアスのジト目の視線が合わさった。
「……あ」
思わず声を上げる私に、ジュリアスは怒った。
「なあ! 僕のこと完全に忘れてただろ!」
「う、ううん。全然忘れてないよ」
決して忘れていたとは言えない。でも、どうして忘れていたのだろう。こんなに心強い味方を。
「ジュリアス君、ちょっと来て。やっぱりジュリアス君が居なくちゃだめだなって思ってたの」
私は彼を手招きした。ジュリアスに意見を仰いだ方が早いに決まっている。
呼んだのが功を奏したのか、ジュリアスは機嫌を直してこちらに歩いてきた。
「どうしたの?」
「この腕輪なんだけど、クェンティン君の腕にいつの間にかはまってて」
「……腕輪? ノースブルッグのじゃないの?」
「いや、違う」
私はジュリアスに腕輪を見せた。青いビジュが一つ入っている腕輪だ。ジュリアスは手に取って不可解な点がないか確かめている。
「盗聴の魔法はかかっていないみたいだけど……他に、魔法で確かめる方法なんてないからね」
ジュリアスが何か言いたそうに私を窺った。その視線が何か分からずに、私は首を傾げる。すると、クェンティンが「あ」と声を上げた。
「可視してみたらどうかな?」
「僕もそう言おうと思ったんだけど……ノースブルッグに話したのか?」
クェンティンに先に意見を言われたのが気にくわなかったのだろう。ジュリアスはムッとした。他にも可視使いの事を知られたのが、良くなかったらしい。一気に不機嫌に逆戻りになってしまった。
「クェンティン君は、身体から追い出されていたときに、キーホルダーの中で全て聞いていたみたいなの」
「ノースブルッグ、そうなのか?」
「ああ」
対して、クェンティンは穏やかに返事をしている。クェンティンがそう答えたので、一応は納得したらしい。それでも、ジュリアスの機嫌は良くならない。
「じゃあ、可視するね」
ジュリアスの機嫌にこだわっていても仕方がない。話を進めようと思った。私は瞳を凝らして、その腕輪を目で追った。すると、ビジョンが見えてくる。
最初に見えたのは暗闇だった。
「……うーん、全然見えないし分からない……あっ、光が差し込んできた……宝石箱の中みたい……クェンティン君が腕に付けてる……っ!」
犯人は、可視出来ない小瓶に入った砂を持っていた。これ以上は可視出来ない。
「どうやら、俺が体を乗っ取られた直後みたいだな」
「犯人の忘れ物なのかな……」
「何かの罠かもしれない。僕は捨てた方が良いと思うね」と、ジュリアス。
やはり、ジュリアスは的確な意見をくれる。良く考えれば、犯人の忘れ物であるはずがないではないか。青い宝石が不気味に光っている気がして、私は薄気味悪くなった。
「そうだね、捨てよう」
手近にあったゴミ箱に捨てると、気分がすっきりした。
「じゃあ、これも捨てよう」
クェンティンが小瓶に入った砂を取り出したので、私はギョッとした。あの小瓶に入っている砂は、負の感情が占めている可視出来ない物だ。
「早く捨てて」
私が目を背けると、クェンティンは窓を開けて、風にそれを流した。
「これで大丈夫だよ」
そう言って、小瓶をゴミ箱に捨てた。
「ありがとう、クェンティン君」
「どういたしまして!」
これで、ひとまず一件落着だ。けれども、ジュリアスの不可解な言動が引っかかっている。
「ねぇ、ジュリアス君。なんで、クレア先生にちゃんと事情を話さなかったの?」
「……クレア先生はアレクシス様に報告しているみたいだったから話さない方が良いと思ったんだ」
アレクシスはベルカ王国の王子様だ。彼は、私の味方でいてくれるという約束までしてくれた。私の味方なのに、何故ジュリアスは……。
「ど、どうして? アレクシス様は良い人だよ!」
「まさか、王子様と知り合いなのか?」と、クェンティンは驚いている。
「うん、力になってくれるって言ってくださったの」
「リリーシャは表面しか人を見ていない。あの人は信用ならないから用心した方が良い」
「そ、そうかな……」
あんなに、優しそうなアレクシス王子が何かするとは考えられないのだけれど。ジュリアスの言っていることには、根拠があるのだろうか。気落ちしていると、クェンティンが微笑んだ。
「でも、人を信じることは大切だと俺は思うな」
「だよね、クェンティン君!」
出会った時は強烈過ぎて分からなかったが、クェンティンは思いやりがあって優しい。年上の優しい兄に接するような安らぎがある。
しかし、仲の良い私たちを見たジュリアスはますます不機嫌になった。
「……何、結託してんの? 僕がいない間に妙に仲良くなってない?」
「友達になったもんなー?」
「ねー!」
クェンティンが勝ち誇った顔をして、ジュリアスを見ていたことを私は知らなかった。私の見ていないところで、火花が散っていた。