第十二話 香姫(かぐや)の気転*
悲鳴を上げた時、隣で空気の流れができた。それは竜巻のようになり、大気が巻き取られていく。
アウルベアがひるんだ。私はそろりと顔を上げる。
黒幕は目を細めてそれを黙視している。竜巻が消えると共に、人影が現れた。
「ジュリアス君!」
「リリーシャ、大丈夫か!」
「うん、なんとか!」
それは、他の誰でもないジュリアスだった。やはり、私を助けに来てくれた。信じて良かった。感動で私の涙腺が緩む。
「可視編成!」
ジュリアスの呪文が魔力を帯びて二重に響き渡る。
アウルベアは力が抜けたようにその場に倒れた。ズンという地響きが辺りを振動させる。
良く見てみると、アウルベアは眠っていた。高いいびきをかいて気持ちよさそうに。
「可視編成!」
さらに、ジュリアスは魔法で檻を作ってアウルベアを閉じ込めた。
「アウルベアは朝までぐっすりさ。念のために檻に入れたけどね」
「不可視編成!」
黒幕が呪文を打ち消そうとしたが、それは失敗に終わった。クェンティンよりジュリアスの方が魔力が高いのかもしれない。
黒幕はチッと舌打ちした。
それを見たジュリアスは瞠目している。クェンティンが謀略を働いているように見えたので、驚いたのかもしれない。
「ジュリアス君……瞬間移動ってできなかったんじゃないの?」
「事情を話してマクファーソン先生に空間移動の魔法をかけてもらったんだ。それより、どうしてノースブルッグが?」
「ジュリアス君、違うの! あれはクェンティン君じゃないの!」
「えっ?」
「とんだ邪魔が入りましたね……しかも、このクェンティンの身体は使えない」
「そういうことか! 誰かが、ノースブルッグの身体を乗っ取ったんだな?」
私は頷いて、ジュリアスにキーホルダーの説明をした。
「パスワードか……」
ジュリアスも私も考えあぐねている。クェンティンが考えるパスワードなど、本人ぐらいしか分からないはずだ。
「考えている暇は与えません! 可視編成!」
「可視編成!」
クェンティンが炎の攻撃をしてきた。ジュリアスは水の龍で炎を呑み込む。
水の龍は上空でタプンと波打った。そして、重力で地面に落ちて水滴を撒き散らかせる。
水の龍は消えて、辺りに水たまりができた。
「リリーシャ、早く、パスワードを考えて言うんだ!」
「う、うん!」
私は、必死でクェンティンが言いそうなことを呟いた。それでもだめなのか。
何か良い考えはないだろうか? 良く考えれば、何か秘策が……!
「そうだ!」
良い解決策が浮かび、私は手をポンと叩いた。私は、水たまりに映った自分の姿を見て思いついたのだ。つまり、リリーシャの姿を。
クェンティンに訊けなければ、一番よく知っているリリーシャに訊けばいいのだ。
私は、両手を出して、それを見た。つまり、『リリーシャ』の『手』を可視したのだ。
幸いなことに、それはうまくいった。人を可視すると裸が見えてしまうが、自分の身体から残留思念を見ることはできるようだ。思った通りだった。リリーシャの身体には残留思念が残っていた。
・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜
夕日の見える高台で、クェンティンとリリーシャは仲睦まじく寄り添っていた。
『ねぇ、クェンティン! 今日は何の記念日か覚えてる?』
私は、初めて目の当たりにした本物のリリーシャに、鮮烈な印象を覚えた。
大人しい私とは全然違う、はつらつとした少女だ。
クェンティンは、リリーシャに問われて戸惑っている。
『えっ、何だろう?』
リリーシャは怒ったようにクェンティンを小突いた。
『私たちが出会った記念日よ! 二月十八日! ちゃんと覚えて!』
『分かったよ、リリーシャ、絶対にこの日を忘れない』
クェンティンは尻に敷かれているが、とても幸せそうだった。
・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜
「可視編成!」
「可視編成!」
魔法弾と魔法弾がぶつかり合う。クェンティンとジュリアスの魔法勝負はほぼ互角だ。
クェンティンが駆けて来て、間合いを詰める。
そして、隠し持っていた剣を振りかぶる。
「邪魔する者は殺す!」
私は涙をぬぐって顔を上げた。
「二月十八日!」
私の声が倉庫の中でこだまする。
キーホルダーのデータキューブの、パシュっという空気の抜ける音がして開く。中から現れた黄色い光が、クェンティンの身体に吸い込まれていく。
「なっ!?」
黒幕は驚いていたが、もう遅い。クェンティンは力を失ってその場に倒れた。
振り下ろそうとしていた剣が、手からこぼれてカランという音を立てる。
代わりにクェンティンの身体からはじき出されるように出てきたのは、黒いもやだった。私を殺した憎き犯人だ。
「あの、黒いもやを捕まえて!」
「可視編成!」
ジュリアスの魔法を避けて、黒いもやは換気口から外に逃げてしまった。
「チッ、逃がしたか!」
残念がっている暇もない。手に持っていたデータキューブのキーホルダーが、急激に発熱したので私は驚いた。
「熱ッ!」
思わず遠くに投げるとボンという音がして、それは小さく破裂した。辺りに焦げ臭いにおいが充満する。
「証拠隠滅ってわけか……」
「用意周到ね」
いつの日か、黒幕を見つけて懲らしめてやる。そう心に誓った。
「ううっ」
「クェンティン君、大丈夫!?」
クェンティンが呻いたので、慌てて駆け寄る。そして、ジュリアスと共に彼を支えたのだった。




