第十話 言葉で惑わす者
「くそ! 鍵がかかってる!」
「ジュリアス君!?」
「可視編成!」
表から詠唱が聞こえたが、シャッターは開かない。ジュリアスらしき人物は、解錠魔法でなんとか開けようとしているらしかった。私は立ち上がって、シャッターの方に駆け寄った。
「ダメだ、防犯の魔法がかかっていて、僕の可視編成じゃ無理だ!」
「可視編成で空間移動はできない?」
内側から尋ねると、ジュリアスの焦ったような声が返ってきた。
「可視編成で空間移動は熟練された魔導師でないと使えない! くそっ! 開かない! 待ってろ、倉庫の鍵を持ってくるから!」
ジュリアスの足音が遠のいて行った。なんとか時間稼ぎをして、彼の助けを待つしかないだろう。
「……フフッ、怪しいですね?」
クェンティンの姿をしたそれは、意味深に笑った。一番怪しいのは、この人じゃないのか。
「何が怪しいっていうの? ジュリアス君は、私を助けに来てくれただけでしょ」
私の声には怒りがにじんでいた。それを聞いたそれは肩をすくめた。中身が違うだけでこうも腹立たしくなるとは思わなかった。
「香姫さんは愚かですね、どうして彼を怪しいと思わないのですか? だって、私とリリーシャがここにいることを誰が知っているというのです? 考えて見てください。マクファーソン先生もボール先生すら気づかなかったのに」
「あ……!」
「もしかすると、ジュリアスはシャード先生に言われて、香姫を殺して、リリーシャを取り戻そうとしているのかもしれませんね。だから、私に依頼してきたのかもしれません」
この人は私を惑わそうとしている。言葉で疑心暗鬼にさせるつもりなのだ。
「嘘よ! でたらめ言わないでよ!」
「じゃあ、ジュリアスがどうして私たちの居場所を分かったのでしょうね」
「バカにしないで! 私は、アリヴィナさんからお菓子を貰ったの! 屋上に付くまで半分くらいこぼしてしまったからジュリアス君はそれを追ってきたのよ! 今だって、ポケットに入れたお菓子がここにも零れているじゃない!」
確かに床にはお菓子が零れていた。ジュリアスならそれを追ってくることも考えられる。彼は頭が切れるので、そう考えるのは妥当だ。
「それに、ジュリアス君は私の味方でいてくれるって言ったもん! それに、もし、ジュリアス君が私を殺そうとしているとしたら、倉庫の鍵を取りに行った意味が分からないじゃない! 私はジュリアス君を信じてるもん!」
黒幕は吹き出した。そして大笑いした。
「参りました! 簡単には惑わせないようですね!」
やはり、それは私を陥れようとしていたのだ。
「貴方、何なの? どうして、私が香姫で可視使いなことまで知ってるの?」
クェンティンの姿をしたそれは、笑うのを止めた。そして、細めた視線の中に私を捕えた。
「それは、私が鳥居香姫を殺した犯人だからですよ。ゲームをすることと、魂狩りが私の趣味なんですよ。それで香姫さんの魂を狩ったというわけ。けれども、邪魔が入ってしまったのです。残念なことにね」
「どうして、そんなことまで教えてくれるの……?」
「教えてほしかったんじゃないんですか? 教えても、香姫さんを殺す事なんて造作もないことですから」
まさか犯人と遭遇するだなんて思いもよらない。なんとしても、この黒幕を逃がしてはいけないと思った。クェンティンの姿をした黒幕は、意味深に笑った。
「私と一緒に来ますか? そうしたら、日本に返してあげます」
「えっ……ううん、嘘だわ! 私の魂を手に入れるための嘘よ! その手には乗らない!」
甘いエサだというのはすぐに分かった。甘い言葉で誘って子供を誘拐する手口だ。良く考えてみればすぐに分かる。可視使いを手に入れたくて私を殺したのに、すぐに日本に返すわけがない。
「やはり、バレました? 香姫さんは、日本には帰れません。貴方はあの世界で死んだのです。無理な相談ですよ」
「そんな……!」
汚い大人の世界を見たような気分だった。黒幕は、口から先に生まれてきたと思うぐらい口が達者だ。経験の浅い私は簡単に傷ついて打ちのめされてしまう。負けてはダメだと思い、私は顔を上げてまっすぐに黒幕を睨んだ。
そもそも、この黒幕の言っていること自体が信用ならない。もしかすると、日本に帰れる策があるかもしれないじゃないか。そもそもここは、魔法が使える世界なんだから。
ふと、先日の出来事が脳裏によみがえった。
「……もしかして、校庭の魔人の像に魔法をかけたのも貴方じゃないの? アリヴィナさんとガーサイド君が魔法をかけたって言ってたけど、あの魔法は普通の人じゃ無理だよね?」
クェンティンの顔をしたそれはクスリと笑った。
「そうですよ。魔人に魔法をかけることはあの子たちを見て思いついたのです。可視使いになっていない香姫さんの魂には価値がありませんからね。ですから、貴方を可視使いとして目覚めさせる必要があったのです。だから私が魔人を復活させて、貴方の可視使いの能力を目覚めさせたのです」
やはりか。お蔭で私は可視使いとして目覚めることができたが、そのせいでまた窮地に陥っている。
「可視使いの魂は極上に美味なのですが……香姫さんは可視使いとして目覚めたけどまだ未熟だから魂は美味しくないかもしれませんね」
「魂を食べるの!?」
「ええ、一度食べたことがあるのですが、可視使いの魂は極上に美味しい! それが忘れられなくて、可視使いになりそうな香姫さんを狙ったのです。まずい魂に用はないんですよ」
当たり前の食事のように言って、黒幕は舌なめずりをした。
「どうしようかな? このまま、香姫さんを殺して魂を奪っても良いけど、美味しくないかもしれませんよね……可視使いとして成長させる必要があるかもしれませんよね……」
黒幕は考える風を装い、倉庫の中を歩き回っている。彼の靴音が倉庫の中で響き渡る。
「ゴウウウウ……」
唸り声が聞こえてきた。何事かと思い、後ろを振り返った。
アウルベアの入った檻が後ろに鎮座してあり、その魔物は眠っていた。
ひょっとすると、アウルベアがこの騒々しさに目覚めようとしているのではないか。私は息を呑んだ。恐怖心が募っていく。
「お詫びと言っては何ですが、クェンティン君を元に戻してほしいと思いませんか?」
黒幕は足を止めて、こちらを見ていた。私はハッとして視線を黒幕に戻す。心臓がバクバク鳴っている。
「私とゲームをしませんか? クェンティン君を取り戻すか……あるいは、私が香姫さんの魂を食べさせてもらうかのゲームをね?」