第八話 魔法生物学
すっかり気分が良くなった私は、魔法生物学の授業を受けることになった。私は魔法学と魔法演習の他にも授業を複数受けている。魔法生物学は魔物を研究する授業だ。アントニア・ボールという、女の先生が担当している。年齢は三十くらいだろうか。可愛らしいおさげに反して、体格がいい。
彼女は、軍警と一緒に近くの山で魔物を捕えては実物を見せてくれるという、体当たりな授業をしてくれるのだ。百聞は一見にしかずである。物珍しさも手伝って、私はボール先生の愛嬌たっぷりのこの授業が大好きになっていた。
「今日は、アウルベアを捕まえてきたよ~! 眠らせているから、触ってみるといいよ!」
アウルベアとは、頭がフクロウで、身体が巨大なクマの魔物だ。安全のために眠らせているらしいので、巨大なぬいぐるみのように思えた。
クラスメイト達は、寄ってたかってアウルベアに突進した。
「きゃっほー!」
アリヴィナなんかは、お腹の上に乗ってトランポリンのように跳ねている。
「アリヴィナ、パンツ見えてんぞ!」
すかさず言った、ガーサイドはアリヴィナにシメられていた。
「わあ! ふかふか~!」
私はぬいぐるみが大好きだ。日本の家にはぬいぐるみが沢山あった。特に、小さなころから使っていたぬいぐるみには魂が宿っているようで、一味違うのだ。霊感があった私が言うのだから間違いない。
けれども、あのぬいぐるみは私が死んだとき、一緒に棺桶に入れられて、火葬されてしまった。それも、これも、あの黒いもやのせい……っ! 私の復讐心が一層高まった時に、ジュリアスが「あれ?」と声を出した。
「ジュリアス君、どうしたの?」
「ノースブルッグはどうしたんだ? 居ないみたいだけど」
「えっ? クェンティン君、戻ってないの?」
私は不安に思って、ボール先生に詳細を尋ねた。
「ボール先生、クェンティン君は?」
「それが、体調が悪いから医務室で休むんだって」
ボール先生も残念そうだ。
しかし、私はクェンティンの嘘に気づいた。医務室にはいなかったからだ。
そして、私は自分の失言にようやく気付いた。どうして、私はリリーシャ・ローランドが殺されたと言ってしまったのだろう。でも、クェンティンを納得させるには、そう言うしかなかった。そのせいで、クェンティンを傷つけてしまった。今頃、クェンティンはどこかで泣いているのかもしれない。リリーシャを返してあげるわけにもいかない。私の存在理由を否定することになるからだ。
しかし、クェンティンを気に懸けることは別問題だ。リリーシャの事を打ち明けてしまった今、クェンティンの事が心配でたまらなくなっていた。
けれども、昼休みになっても、クェンティンは姿を現さなかった。流石に私は心配になって、終始落ち着かなかった。クェンティンに何かあったら、私のせいだ。
ジュリアスが席を立ったので、私はハッと我に返った。
「ジュリアス君、どこに行くの?」
「トイレだよ。付いてくるのか?」
私は、赤面して慌てて首を振る。ジュリアスは面白そうに笑った。
「じゃあな~」
「さっさと行ってきてよ」
私は、恥ずかしくなって、ぷいっと顔を背ける。ジュリアスは、笑いながら教室から出て行った。
私はため息を吐いた。正体を明かせない私は、ジュリアスに相談もできない。
アリヴィナが、向こうの席でガーサイドとブレイクと一緒に盛り上がっている。ジュリアスが席を立った隙を見て、私は思い切ってアリヴィナに訊くことにした。
「アリヴィナさん!」
ガーサイドと楽しそうに話していたアリヴィナに声をかけると、キョトンとされた。アリヴィナは教室にお菓子を持ち込んで食べている。
「どうしたの、リリーシャ?」
「いや、あの……クェンティン君知らないかな?」
私のそのセリフのせいで教室中がざわめいた。
私はしまったと思った。つい、アリヴィナに尋ねてしまった。可視すればクェンティンの居場所も分かるに違いないのに。
私の失言に気づくわけもなく、アリヴィナの顔がパッと華やいだ。そして、咀嚼していたお菓子をすべて嚥下して、私の両肩を掴んだ。
「何、あんた、より戻す気になったの!?」
「違いますっ! クェンティン君に余計なこと言っちゃって!」
私が否定すると、アリヴィナは少し残念そうだった。
「ああ、それで、ノースブルッグはさぼってるわけか……」と、隣のガーサイド。
「ノースブルッグの事は知らないけど、リリーシャが行きそうな場所だったら知ってるよ」
アリヴィナは、私に教えるとともに、お菓子を分けてくれた。両手にいっぱいお菓子があふれる。
元気を出せということかもしれない。しかし、リリーシャが良く行く場所を聞いて、青ざめた。
「お、屋上!?」
「ノースブルッグが早まらないとは限らないよなぁ?」
ガーサイドはニヤリと笑った。
まさか……! 私の顔から血の気が引いていく。とんでもないことに、私はクェンティンが屋上から飛び降りるようなことを想像してしまったのだ。
私は教室を飛び出して、廊下を疾走した。




