第七話 可視言霊(かしげんれい)
「失礼します」
私は泣きはらした目のまま、医務室のドアを開ける。
すると、屈強な男たちが四方で見張っていたので驚いた。物珍しさからか、手直にいる男を凝視してしまった。屈強な男は眼力のある目で私を睨んだ。私は負けじとその男を見つめ返した。脂汗が額ににじむ。にらめっこ状態で、私はしばらく耐えた。
一体この屈強な男たちは何なのだろう。
「こ、この人たちは一体……!?」
疑問を持ったが最後、しなくていいのによりによって、私は男の服の下を可視してしまった。その男は、ハイレグなピンクのパンツを穿いていた。筋肉隆々で、黒光りする体をしている。胸の筋肉がぴくぴく動いていた。
うあああああああ!
私が倒れそうになっていると、唐突に奥から声がかかった。
「ああ、ローランド! その人たちは、アレクシス様に仕える『護衛人』なの! アレクシス様がお越しくださったからご挨拶して!」
クレア先生だった。私は彼女の声のお蔭で現実に帰って来ることができた。視線を奥にやると、どこかで見かけたような男が立っていた。ジュリアスよりも少し上――十五歳ぐらいだろうか。身なりの良い、優しい面持ちの青年だ。
「アレクシス……って、あのアレクシス様!?」
そうだ! 魔法学の教室で可視したときにクレア先生やシャード先生と喋っていた人だ!
「あら? 知っていたのね?」
クレア先生は、説明する手間が省けたと言うように、力を抜いて微笑んだ。ソファに座っていたアレクシスは立ち上がり、私の方まで歩いてきた。
「ごきげんよう。リリーシャさん。いや、香姫さんと言った方が良いでしょうか?」
この人も敵かもしれない。アレクシスは握手を求めてきたが、それに応えることはできなかった。
「……あの、私、気分が悪いので……」
私は、やんわり断った。
奥のベッドに行こうとしていると、アレクシスは私の背中に向かって声を張り上げた。
「可視言霊!」
それは、魔力を持って二重に響いた。私の背中から緑色の光が染み渡り、私を包み込んだ。
仰け反っていた私は、たたらを踏んで、アレクシスを振り返った。
手のひらを見ると、緑の光は消えていた。
「あ……あれ?」
先ほどまで、気分が悪かったのが嘘のように回復している。
アレクシスは、微笑んだ。綿菓子のような誰もが心を許すような笑みで。
「すっきりしました?」
私は目をぱちくりした。
「可視言霊って……? 可視編成じゃないんですか?」
初めて聞く呪文だ。可視編成と不可視編成ですべてをまかなうのかと思っていた。
クレア先生が微笑んだ。
「可視言霊はベルカ王国の王族しか使えない特別な呪文なのよ」
「ということは……えっ!? も、もしかして、王子様!?」
あまりの事に、私は腰を抜かしそうになった。
「そうだけど、なんだ、知らなかったのね」
クレア先生は、微笑んだ。どうやら、私が可視したことはバレていないらしい。
「私は、香姫さんを応援しに来ました。一人でこの世界に来た勇敢な君をね」
「あ、ありがとうございます……」
でも、素直に喜んでいいのだろうか。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
私は、彼と握手をした。王子様が応援してくれるだなんて、心強いのには違いがないのだけど。
「アレクシス様は、ローランドの味方だから安心して」
私は、クレア先生の言葉が信用できないでいる。あの時あの場所で、シャード先生は私を消滅させてもいいと言っていた。クレア先生とアレクシス王子は、シャード先生の味方ではないと言えるのか。言葉を選んで、透視したことをばらさないように続けた。
「でも……香姫の私を殺して、リリーシャを助けるようなことはしませんか? 私は邪魔ものだから」
涙がにじんで出てくる。それを、アレクシスが拭った。同情したような目をして、私を見下ろしている。
「何を言ってるんですか、香姫さん。私は香姫さんがこのベルカ王国に来てくれたことを歓迎しています。だから、安心してください」
それは、誰もを懐柔するような癒しの微笑だった。
「はい……!」
「私も、香姫が居なくなれば良いなんてこと全然思ったこともないわ! だから安心してね」
「はい!」
すごく心強い味方ができた。心の底から安心すると笑みがこぼれた。
「とにかくは、君が可視使いとして目覚めて良かった」
「失礼します……」
唐突にドアが開いた。入ってきたのは、ジュリアスだ。彼も屈強な男たちに瞠目している。
そして、ジュリアスはアレクシスに気づいた。アレクシスも同様だ。何故か、空気が張りつめたような気がした。
「……では、私はこれで」
ジュリアスとアレクシスはすれ違った。アレクシスは屈強な男たちを従えて、外に出て行く。
「……アレクシス様が来ていたんだね」
「うん、なんかすごいよね! 私を応援しに来てくれたんだって!」
「……ふーん」
興奮して話す私を一瞥した後、ジュリアスはアレクシス王子の出て行った後を暫く睨んでいた。
「ジュリアス君?」
ジュリアスがこの時何を思っていたのか、私は全く知らなかったのだ。