第二話 鳥居香姫(とりいかぐや)の事情
朝の清澄な気配がして目覚めたが、ここは昨日見た通りの医務室の中だった。
異世界の医務室にある古風な掛け時計は、六時を示している。
その数字は奇妙な形だったが、何故か六時であると私はごく自然に理解していた。
小鳥のさえずりを聞きながら、私はベッドから上体を起こす。
「ん~……!」
両手を上げて伸びをすると、リリーシャの体が私に良く馴染んでいるのが分かった。
日本で生活していた頃とは全く違った、異世界の静かな朝の気配に身をゆだねる。
ベッドから降りて、カーテンを開ける。そして、窓を開けてみる。すると、冷ややかな風が吹き込んできた。
開いた窓の向こうには、中庭が広がっていた。どうやら、医務室は一階にあるらしい。
朝があまり寒くないし、庭に沢山花が咲き乱れていることから、季節は春だろうと推測される。
朝の光は、恐怖を打ち消してくれる。昨日とは比較的落ち着いている自分がいる。
おそらくは、もう、大丈夫だ。
クレアは、この異世界には『魔法』があると言っていた。魔法なんて本当に存在するのだろうか。けれども、この状況も魔法だというなら簡単に説明が付く。
私は、シャードが残して行った手鏡を覗き込む。
私は、長袖の部屋着を着ていた。
にっこりと笑うと、鏡の中のリリーシャ・ローランドは素直に微笑んだ。『鳥居香姫』が『リリーシャ・ローランド』になったのは本当だった。目が覚めても童話のように魔法は解けなかった。
「そういえば……」
どうして、私がこの異世界に来たのかも、シャードとクレアは熟知しているようだった。
私たちの味方でいれば悪いようにはしないと、シャードとクレアは言った。
それはつまり……。
急に、ノックの音がして、私は飛び上がるほど驚いた。
ドアが勝手に開いて、足音が部屋に侵入する。
「おはよう。良く眠れた?」
メゾ・ソプラノの明るい声が部屋に響き渡った。
瞠目している私をそのままに、クレアが微笑みながらワゴンを押して入ってきた。クレアの手には荷物の入ったバッグを提げている。
「クレアさん……!」
私の心臓は、張り裂けそうに鳴っている。
悪い方向に思考を巡らせていたからかもしれない。