第五話 確信犯
少し眠ると気分が良くなった。
何か手がかりがないかと、女子寮のリリーシャの部屋に戻った。
ドアを開けると、私は手当たり次第に可視していった。
ベッドを可視すると、リリーシャが眠っている姿が見える。けれども、リリーシャの寝相が悪い事以外分からない。
リリーシャの机を可視しても、リリーシャが座ってデータキューブで勉強している他は見えない。机に入っている小物を少しずつ可視していったが、特に普通の生活の断片だ。実りのない結果に終わってしまった。
「収穫ゼロかぁ。はぁ……」
ガッカリしたものの、私は可視するという可視使いの力を得たのだ。何もないよりはマシだ。
時計を見ると午後の三時だった。女子寮から出てくると、ジュリアスが待ってくれていた。
「ジュリアス君、全然、収穫がなかったよ……」
「そっか。じゃあ仕方ないね。今から魔法学の授業があるけど……受けれそう?」
「うん、大丈夫」
少し疲労していたが、大丈夫だろう。
私とジュリアスは、魔法学の教室まで急いだ。
教室のドアを開ける。私に続いてジュリアスが入室すると、私たちは口笛や拍手で囃し立てられた。最悪なことに、まだ休み時間だったのだ。
魔法黒板には大きな私とジュリアスのイラストがハート付きで描かれてある。大慌てでそれを消そうとしたが、魔法が使えないのでその方法が分からない。代わりに、ジュリアスが消してくれた。それを見たクラスメイト達が余計に煽る。
「いよっ、ご両人! 今日もさぼってデートですかぁ!」
顔が熱を帯びる。否定しようとした私を、ジュリアスが遮った。
「そうだ。羨ましいだろ」
「何言ってるの!?」
火に油だ。クラスメイト達はますます活気付いた。
「で、キスは済ませたのか?」
レヴィー・ブレイクがジュリアスの脇腹を小突いた。
「ノーコメントだ。でも……リリーシャは僕の裸を見たことがあるけどね?」
「なっ!?」
教室の中は最高潮に沸き立った。
なんてことだ。ジュリアスは、私が彼の裸を可視してしまったことを知っていた。素知らぬふりをしてその実は既知していたのだ。真っ赤になって絶句していると、ジュリアスがこっちを見てウインクした。
しかし、その盛り上がりが癇に障ったのだろう。唐突に誰かが立ち上がり、机を思い切り叩いた。
「っ!?」
皆は弾かれたように、後ろを振り向く。
机を叩き、そこに立ち上がっていた人物。それは、他でもないクェンティン・ノースブルッグだった。嫉妬の炎を瞳に宿し、ジュリアスを睨んでいた。
ジュリアスは静かにその視線を受け止めている。教室は水を打ったかのように静まり返ってしまった。
しかし、クェンティンが何か言う前にドアが開き、シャードが入ってきた。チャイムの音には気づかなかった。あれだけ騒いでいたのだから、聞こえなかったのも無理はない。
「席に着け! 授業は始まっているぞ!」
シャード先生は怖いと思っていたが、今日ばかりは味方のようだ。私は、安堵して席に着いた。
ジュリアスとは少し離れて座ろうと思ったが、定められている席順では無駄な抵抗だった。ジュリアスは、不満そうな私を意に介しないで、私の手のひらからデータキューブを取り上げた。
「……何で、嫌そうな顔してるの? データキューブ開けないでしょ?」
「う゛」
「リリーシャに拒否権はないんだよ」
ジュリアスは涼しげに笑いながら、データキューブを開いてくれた。私はついに噂に抵抗することを諦めたのだった。
そして、シャード先生の魔法学の授業がいつも通りに進んでいく。
私は、今日こそはと意気込んでいた。可視使いの能力を少し使えるようになったのだから、試してみたいと思うのが人のさがというものだ。
「今日も可視使いについて勉強しようか。それでは、可視使いはこの国に何人いるか、分かる者は?」
私は勢い良く手を上げた。
この問いの答えは、既にシャード先生から聞いている。可視使いはこの世で私一人だけだ。
だが、アリヴィナもジュリアスも手を上げている。
シャード先生は私を無視して、後ろのアリヴィナに視線を留めた。
「アリヴィナ・ロイド。答えなさい」
「一人もいません」
「正解だ」
私は手を上げることを止めた。ああ、そういうことか。
シャード先生は私が可視使いだということを秘密にするように言っていた。裏を返せば、そのことが公言されていないので、一人もいないことになっているというわけだ。
「では、リリーシャ・ローランド。どうして、可視使いがこの世に一人もいなくなったのか。答えなさい」
「えっ、あ、はい……」
よーし!
私は、ここぞとばかりに可視使いの透視能力を使った。手近な机を可視したのだ。すると、違うクラスの授業で、誰かが同じ問いを答えている映像が目に映り込んだ。
「ええと……それは、秘密を知りすぎたために、皆暗殺されてしまったからです……」
「正解だ」
みんなは元のリリーシャが戻ってきたと口々に喜んでいる。けれども、私は物凄まじい理由を聞かされて、青ざめていた。
この際だからと、私は可視使いになったことを打ち明けようと思っていた。けれども、シャード先生はそれにくぎを刺したのだ。可視使いがどれだけ危険な位置を呈しているのか、今更ながらに思い知った。
しなくていいのに、私はそのまま魔法黒板を可視し続けてしまった。この間の明け方に、この教室でシャード先生とクレア先生がアレクシスという人に報告しているときの姿を。
『くれぐれも、リリーシャの事をよろしくお願いします。例え、鳥居香姫が消滅することになっても私はリリーシャを取り戻したいのです!』
シャード先生はそう言っていた。次の瞬間、シャード先生と目が合った。私は直視できずに、目を伏せてしまった。シャード先生は、娘のリリーシャを愛している。だから、私の存在が許せないのだ。
「リリーシャ、大丈夫?」
「う、うん……」
隣の席のジュリアスが私を気遣ってくれた。無理やりに笑って見せたが、口元が震えてしまう。私は、授業が終わるまで、青ざめたままうつむいていた。これ以上何も見ないように。
幸いなことに、それ以上私が当てられることはなかった。