第四話 可視してはいけないもの
「……それ、どういうこと?」
「だから、シャード先生の娘さんが可視使いになって目覚めるかもしれないから、手助けしてほしいと、一か月前くらいに連絡があって――聞いてる?」
一か月前と言ったら、私が普通に日本で生活していた頃の話だ。勿論、その頃は何も起きていない。けれども、シャード先生はその前兆を知っていた……?
しかしこれで、ジュリアスは完全にシャード先生の味方だと分かった。もし、私が鳥居香姫だと分かったら、ジュリアスは私の味方ではなくなるかもしれない。
「……やっぱり私は教えられない!」
「ふーん、まあ、別に答えたくないなら構わないよ」
ジュリアスは私の唯一の味方と言っても良い。それなのに、自ら真実を告げて敵に回すなんて馬鹿げたことはできない。
「それより、誰かの残留思念とやらは見つかった?」
「……それが、全く見当たらなくなって。ここまで確かに歩いて来てるの。でもここから切り取ったみたいに残留思念が全くなくなっているの」
「恐らく、それは魔法で土や木々を入れ替えたんだよ」
「入れ替えた? 痕跡が残らないように?」
私は可視して、木々や土や草を見て回った。けれども、痕跡が全く見当たらない。これらの木々や土には、残留思念が全くなかった。まるで、生まれたばかりのような。
「あれ? 奥に誰か人が立っている」
「えっ?」
しかし、奥に進むうちに、人影が佇んでいることに気づいた。本当にその人物が現在に居るわけではない。残留思念の記憶の中に存在している。
「近づいてみる!」
私が走っていくと、その人影は黒尽くめの怪しげな恰好をしていることに気づいた。フードを目深にかぶっているため、顔は見えない。
「この人、手に何か持ってる?」
データキューブではない。石の欠片だった。古い煉瓦のようなオレンジ色をしている。私の目が、勝手にそれを可視していた。
「……っ!?」
途端に、負の感情に襲われた。これは、誰かの感情だ。それも複数の。それらは、ことごとく拷問されて、死んでいく。阿鼻叫喚の苦しみが現実のように私に襲い掛かる。
「ッ……!」
私は、それに耐えきれず、気を失ってしまった。
「リリーシャ!?」
ジュリアスの私を呼ぶ声が段々と遠退いて行った。
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目を覚ますと、またしても医務室のベッドの上だった。私は、天井をぼんやり見つめて、一息吐いた。
「リリーシャ、気が付いた?」
ジュリアスが、上から覗き込んでいる。ありがたいことに、ジュリアスが魔法学校まで連れ帰ってくれたようだ。
「うん、もう平気」
私は、空笑いして、元気を装った。それにしても、あんな残留思念があるだなんて、思いもよらない。私が死んだ時よりもっと強烈な苦しみで、この世の艱難辛苦を濃縮した感じだった。それが、怨念になって残っているような。
「倒れたのってもしかして、見てはいけないものを可視してしまったんじゃないのか?」
「うん、そうみたい……今晩、夢でうなされなかったらいいけど」
「でも、どうして、隠そうとしたんだろう? もっとも、僕にはその残留思念が何なのかも理由も訳も知らないけど」
「ひ、秘密!」
ジュリアスがシャードの味方と分かった今、絶対に教えられない。
「あ、そう? まあ、話したくないんじゃ仕方ないよな」
「うん、話したくないの」
「それにしても、リリーシャに何もなくてよかったよ。一応、クレア先生も診てくれたけど、今は席を外していらっしゃるから」
私は、ホッと胸をなでおろした。それにしても、簡単に日本に帰ることができると考えていた私は少し甘かったようだ。帰れると思ってあんなに希望に胸を膨らませていたのに。すっかりしぼんでしまった。しかも、黒幕は簡単には正体を明かしてはくれないらしい。また、どん詰まりになってしまった。
ジュリアスがベッドの横の椅子にすとんと腰かけて足を組んだ。
「でも、リリーシャがあの場所に来ることを分かっていたみたいだよね」
「えっ?」
「あんなに、土や木々を入れ替えて、挙句の果てに、可視出来ないものまで用意しているんだから」
「……そうだね」
よっぽど、正体を知られたくないんだろう。
「しかもその人は、可視使いや残留思念のことに詳しい人なのかもしれないな」
私が瞠目してジュリアスを見つめていると、彼は「どうしたの?」と苦笑した。
「ジュリアス君ってすごいね。情報を教えてないのに、こんなに推理出来るだなんて」
「そう? 褒めても何も出ないけどね」
ジュリアスの言う通りだとすると、今日あの場所に出向いたこともどこかで監視しているかもしれない。十中八九、私があの場所に行ったことも、既知していることだろう。もう少ししたら、向こうから働きかけてくるかもしれない。用心しよう、そう思った。




