第三話 残留思念を追って*
翌朝は騒々しかった。
「てめぇ、何覗いてんだよ!」
「そんなもん、覗きたくもな――ぎゃああ!」
どうやら、ガーサイドがアリヴィナの着替えを覗いたらしい。
うとうとしていた私は一度に現実に引き戻された。
「何の騒ぎだ……?」
ジュリアスもこの騒がしさに起こされたようだ。彼は、上体を起こして、ふわーっと伸びをした。
眠ることを諦めて起き上がった私と、ジュリアスの目が合った。ジュリアスは髪を降ろしていて、いつもと感じが違う。
彼は、ニヤッと笑って、親指で隣のベッドを指差した。
「抹殺されるね、これは」
「う、うん。そうだね……」
ジュリアスは、パジャマのボタンを外し始めた。パジャマは医務室に置いてあるものだ。昨日は、クレア先生が配ってくれたので、それを着て眠ったというわけだ。
私はジュリアスの着替えを直視できずに、ベッドのカーテンを閉めた。私も着替えた後、ベッドから降りて身支度し始める。
窓のカーテンを開けると、青い空が眩しい。何も起きる気配のないような晴れ間が広がっている。
アリヴィナとガーサイドは、ジュリアスがこっそりと眠りの魔法をかけたためか、あの賑やかさから見ても快眠だったらしい。勿論、ジュリアスが魔法をかけたことは気付かれてない。短いながらも良質な睡眠をとったらしい二人は、満足そうな顔をしている。
しかし私は、不眠で先ほどからあくびばかりしていた。私も、ジュリアスに眠りの魔法をかけてもらえばよかったのかもしれない。
「ふああ……あふ……」
「可視編成!」
「ふあ……あれ?」
アリヴィナが私に呪文を唱えた途端、私は眠気から解き放たれた。
「すっきりしただろ? 夕方までは呪文は解けないから」
「ありがとう! アリヴィナさん」
「何言ってんだよ! お詫びだよ、お詫び!」
「うん、でもありがと!」
私が微笑むと、アリヴィナは嬉しそうに頬を緩めた。
「……なんだか、記憶がなくなったアンタとなら仲良くなれそうだよ」
私は嬉しくなって顔をほころばせた。
「アリヴィナ! お前、何、ローランドに絡んでんだよ!」
「うっさい、アミアン! 私の女神のような親切心が分からんのか!」
「はぁ? そんなもん、お前にあるか!」
「あるっつうの! 女神がもし本当にいたら、私みたいな顔してるっつうの!」
「プッ……やけに残念な女神……!」
「シメる!」
アリヴィナとガーサイドのやり取りが楽しくて私はいつの間にか笑っていた。
こんなに楽しい日は久しぶりだった。もしかして、私はここで上手くやっていけるんじゃないのか。淡い期待が胸を占める。
でも――。それはもはや必要ないこと。今日こそは、いつもの一日から脱出してみせる。
食堂で朝ご飯を食べた後、皆で教室に向かっていたが、私は隙を見てそこからこっそり抜けだした。
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アリヴィナやガーサイドが私を探し始めた頃、私はリリーシャの残留思念を追って一人で街の外れまで来ていた。周辺に残っているリリーシャの残留思念の痕跡を追ったのだ。
ジュリアスがくれた腕輪とは違って、周囲には他の記憶が混在している。だから余計に風景を特定しにくいのが難点だ。時間が経っているというのも可視しにくい難点だった。可視に時間を使いすぎて、余計に時間が経過してしまう。疲労していた体に疲れが更に溜まっていく。
「もう、太陽が真上に……!」
気が付いたときには、昼時になっていた。晴れた空を森の木々が葉音を立てて遮った。かなり、森の深いところまで来ている。
うっかりしていた。慌てて振り返ってももう遅い。すっかり帰るための目印を付けるのを失念していたのだ。これでは、帰るに帰れない。私は覚悟を決めて、前に進むことにした。
「え!?」
けれども、もう一つとどめを刺された。
「残留思念がない!?」
唐突に、周囲から記憶が途切れてしまったのだ。目印にしてきた森の木々からもリリーシャの残留思念が感じられなくなった。大慌てした私は、他の木々や土などを注意深く探した。けれども、全く痕跡がないのだ。
その時、後ろで足音がした。私はぎくりとなって、弾かれるように振り返った。
「誰!?」
思わず誰何していた。私の心臓は早鐘のように脈打っている。
「……見つかったか」
「えっ!? ジュリアス君!? なんで、こんなところにいるの!?」
木陰から出てきたのはジュリアスだった。思わぬ人物に、私の反応は鈍った。これで魔法学園に帰れると喜んでいいのか。それとも、密やかに後を付けてきた彼を怪しむべきなのか。
「なんで? はこっちのセリフ。こっそりどこに行こうとしてんの? 心配で後追ってきたんだけど?」
「心配してくれてたんだ……」
ジュリアスの心配したという言葉に少しばかり救われた。
「早速、残留思念を追ってきたわけだ? でも、一体誰の、残留思念なの?」
根掘り葉掘り聞いてくるジュリアスのことを疎ましく思った。
「……教えるわけないでしょ」
「なんで? 僕が答えないから?」
その通りだとばかりに頷く。
察するに、ジュリアスは私が可視使いだということを既知している。けれど、私がリリーシャの身体に転生したということは気付いていない。
絶対に口を割らないと分かったのだろう、ジュリアスは嘆息して続けた。
「僕は、シャード先生に頼まれて、可視使いになった後のリリーシャの面倒を見に来たんだよ」
私は、驚いてジュリアスを見つめた。




