第二話 興奮冷めやらぬ夜
「そんなにすごいことなのかな?」
釈然としなくて、隣のベッドで眠ろうとしているジュリアスに尋ねた。
「すごいんじゃないかな。この世界に可視使いは君だけしかいないんだから」
ジュリアスは苦笑しながら答えたが、私は眉間のしわを深くした。つまるところ私は、その可視使いを人為的に作り出すために利用されたのだ。だから、全く喜べない。
もしかすると私が可視使いとして目覚めたのだから、黒幕からもアプローチしてくるかもしれない。
いや、ちょっと待てよ?
ということは、可視使いになったのだから、この事件も私自身で解決できるということじゃないのか。これで、黒幕を捕まえられるかもしれないし、元の日本に帰れるかもしれない。鳥居香姫として――。
部屋の照明が消えたので、ハッと我に返った。
隣を見ると、ジュリアスは部屋の照明を消して、布団をかぶって眠ろうとしていた。私は、隣のベッドに座ってそれを見下ろしている。
今日あったことが脳裏で巻き戻った。たしか、ジュリアスは私を守りにここに来たと言った。
「……ジュリアス君は、私の事を守ってくれるためにこの魔法学校に来てくれたの?」
訊かないと約束したのに、私の口が勝手に訊いていた。薄闇の中、私はジュリアスの顔をじっと見つめた。ジュリアスが横たわったままこちらを振り向く。
「そうだよ」
答えてくれた!
「なんで、私の事を守ってくれるの?」
調子に乗って尋ねた途端、ジュリアスは目を閉じてしまった。
「……おやすみ」
それでも、彼と話したくて私は話題を探す。
「ジュリアス君、これ、ありがと!」
腕輪を返そうとしたのだが、ジュリアスはそれを静止した。
「この腕輪はリリーシャが持っていて。また、役に立つことがあるかもしれないから」
「うん、ありがとう。私もこの腕輪があったほうが心強いよ」
疑問を持ったままジュリアスを見ていた時だ。
「わっ!?」
「どうしたの?」
思わず声を上げると、ジュリアスが目を開けた。
私はどぎまぎしながら布団を頭からかぶる。
「なんでもないっ!」
可視して驚いた。また、ジュリアスの裸が見えてしまったのだ。
疑問を持って人間を見ると裸が見えてしまうのか。魔人の弱点が見えたのは、それが人間ではないからかもしれない。ジュリアスの過去を見ること。それはやはりできそうにない。
でも、うまく行けば、明日は日本に帰れるかもしれない。私もクレア先生と同じように興奮してきて、今から眠れるかどうかで悩むことになったのだ。
東の空が白み始める頃になると、やっと眠れそうになっていた。
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魔法学の教室では、まだ明け方の三時だというのに話し声が絶えなかった。もちろん授業をしているわけでも、居残りの生徒の補習をしているはずでもない。
魔法灯の明かりが灯り、部屋の中は色づいている。黒板は映写幕と化し、一人の青年の映像を明々と映し出してた。映っているのは、穏やかな印象の男性で、身なりの良い服装をしている。
彼に向かって、クレア先生は興奮した面持ちで喋っている。それを、面白くなさそうに顔をしかめてシャード先生が横で聞いていた。
「……それで、リリーシャ・ローランドの能力が目覚めたというわけです!」
クレア先生は、高潮したまま喋り終えた。勢い付いたせいか、少々息切れしている。
そんなクレア先生の興奮した有様を、映写幕の中の彼は穏やかな面持ちで聞いていた。そして、微笑を浮かべて軽く相槌を打つ。
「プリミア・クレア。良くやりました」
「身に余る光栄です!」
お辞儀するクレア先生を遮るように、シャード先生が前に進み出た。
「くれぐれも、リリーシャの事をよろしくお願いします。例え、鳥居香姫が消滅することになっても私はリリーシャを取り戻したいのです!」
それを聞いたスクリーンに映った男性は顔を曇らせた。シャードのセリフが、穏やかではないと思ったのだろう。どうやら彼は、争いを好まない性格のようだ。
「ジェラルド・シャード、早まらないように。私にできることなら、幾らでも手を貸しましょう」
シャード先生は自分の失言に気づいたが、協力してくれるとあって素直にその場に跪いた。
「心より感謝いたします! アレクシス様」
アレクシスと呼ばれた男は、慈愛の微笑を浮かべていた。誰からも、愛される微笑みを。




