第一話 目覚めた後で
まだ、夜明けは来ていない。魔法灯の点いた廊下に足音が響いていく。
クェンティン・ノースブルッグは怒っていた。
足を止めて、嫉妬を宿した目で振り返る。
十メートルほど離れているのにもかかわらず、風に乗って医務室の明るい笑い声が、活気に満ちた話し声が聞こえてくる。
クェンティンは壁を拳で叩いた。
「俺のリリーシャを取り戻す! 絶対にだ!」
その光景を見下ろしている者が一人いた。黒尽くめの格好をした怪しい人影だった。
校舎の三階からクェンティンの様子を見下ろしている。クェンティンは、渡り廊下の角を曲がったため、姿が見えなくなってしまった。それでも黒尽くめは、しつこくその場にとどまっていた。なにか、考え事をしているかの様に。
先ほどから、黒尽くめは手の中で何かを転がして遊んでいる。
黒尽くめが手を開くと、小さなデータキューブのキーホルダーがあった。
それは、鳥居香姫がリリーシャの部屋で見つけたあのキーホルダーに酷似していたのだ。
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今日あった出来事を、和気藹々と話した後。アリヴィナが眠気を思い出したようにあくびをした。
医務室の掛け時計を見やると、三時だった。こんなに遅くまで起きていたのは、初めてかもしれない。
慣れない徹夜に私も眠気を覚えて、目をこすった。
「それじゃ私、一眠りするから、おやすみ~」
「あ、俺も。おやすみリリーシャ」
アリヴィナとガーサイドは眠そうな声でそう告げると医務室のベッドで眠ってしまった。今日はもう遅いため、皆で医務室で仮眠をとることになったのだ。
「可視編成」
いきなりジュリアスがアリヴィナとガーサイドに可視編成をかけたので、私はギョッとした。呪文の発音が二重音になっているので、魔法はしっかりとかかったようだ。
「な、何したの? ジュリアス君……」
「眠らせたんだよ。訊かれるとまずいから」
一呼吸おいて、ジュリアスはクレア先生の方に向き直った。
「クレア先生、つい先ほどリリーシャの可視使いとしての能力が目覚めました」
「えっ!? それは、本当なの!?」
「はい」
何故か、ジュリアスは以前から私が可視使いであることを知っているようだった。
クレア先生は、いそいそと机の小箱から飴玉を取り出し、包み紙ごと手で混ぜた。そして、どちらの手に持っているのか分からないようにした。
「ローランド。試しに、私の手の中のどちらにこの飴があるか可視してみて?」
私は、腕輪の残留思念を可視した。すると、透視のやり方が頭の中に吸い込まれるように思い出していく。
「えっと、こっち」
「そうよ! 当たり! もう一回!」
興奮したクレア先生は、何度も何度も私を試した。そうして、やっとクレア先生は確信を持ったらしい。私が、可視使いになったということを。
「どうして急にできるようになったの?」
「魔人に吹き飛ばされて、全身を打ち付けてからです。制御ができなかったのだけど、ジュリアス君が腕輪を貸してくれたから――でも、こんな便利なものがあるなら」
「可視使いの能力がまだ目覚めていなかったんだ。そんな時にこの腕輪を付けても意味がない。可視使いでなければ、この腕輪の残留思念を読むことはできないからな」
「シェイファー、良くやったわ!」
クレア先生は興奮冷めやらぬ様子だ。
けれども、私はついていけなかった。好きな野球のチームとは違うチームを応援しているような、そんな食い違った気分に似ている。
「シェイファーもローランドももう眠るといいわ。私は少し用があるから」
そしてクレア先生は忙しそうに医務室から出て行った。