第十三話 妖魔王グリードンと香姫3
それでも、私の意識はすぐに回復した。
「ううっ……?」
「気がつかれたか?」
誰だろう? この優しそうな声は。ジュリアスでも澄恋でもない、もっと年上のひとの声だ。親切に私を助けてくれたのだろうか。
私が目を開けると、妖魔王グリードンが覗き込んでいたので、悲鳴を上げた。
「香姫に危害を加えてすまなかった」
しかし、妖魔王グリードンは私に跪いて、平謝りしている。その事実に私は面食らった。
「は……? えっ……? な、なんで?」
なんだろう? この百八十度違う態度は……?
妖魔王グリードンは別人のような優しい表情で微笑んだ。
「香姫からは、変わった匂いがしたのだ」
「え゛? わ、私臭いの……!?」
私は自分のニオイをクンクンした。しかし、別段変わった臭いはしない。昨日洗濯した洗剤のニオイがするくらいだ。
「そうではない。もっと、懐かしい良い匂いだ。余の思い出の……奴に似た香りだ」
思い出って言われても……。
「もしかしたら、お前は奴の娘かもしれん。そう言う結論に至ったのだ。だから危害を加えないことにした」
私は眉をひそめた。奴の娘と言われても、私は魔法研究所で体を作ったのだから、娘も何もないと思うのだ。でも、そんなことをわざわざ言って心変わりされるのも厄介だ。
「じゃあ、みんなを元に戻してくれないかな……?」
「分かっておる。皆の者を元に戻して、余は封印鏡に封印されよう。もともと、目覚めたくはなかったのだ」
殊勝な心意気だがそれでいいのだろうか。なんとなく可哀想になってしまった。
「みんなを元に戻してくれるんだったら、逃がしてあげようか?」
私は血迷ったことを口に出していた。
何となく、この妖魔が可哀想な気がしたのだ。
「余計な気遣いだ。余は封印鏡で眠るのが気に入っているのだ。俗世間に惑わされることがなく、静かであるからな」
「そ、そっか……」
「強いて言うならひとつ頼みがある」
「うん」
「余の事をパパと呼んでくれないか!」
「え゛?」
私は硬直した。
ぱ、パパ!? 私の父でさえ、お父さんとしか呼んだことがないのに!?
「それで、思い残すことはないのだ……」
私は遠い目をしてこの陶酔している男を見ていた。
目から涙が、キランと光っている。
私は、滅茶苦茶疲れてため息を吐いた。
「ぱ、パパ……!」
可哀想なので呼んであげた。
何となく、恥ずかしさで死にそうになった。
そうしたら妖魔王グリードンは、大いに喜んで封印鏡に自ら封印された。
そして、ジュリアスも澄恋もみんなも、もとに戻った。
偶然でそうなったとはいえ、私はその場にいた全員に心から感謝されたのだった。




