第十二話 妖魔王グリードンと香姫2
ジュリアスが私を先導して引っ張っていく。こんな時でなかったら、発光された森の美しさに心を奪われていただろう。走りにくい地面に悪戦苦闘しながら私たちは進んでいく。
「香姫さん」
ジュリアスが、呟くように言った。
「何? ジュリアス君……」
「何故か、僕は分かったんだ」
「えっ?」
何のことだろう? 私は眼をぱちくりさせた。
「妖魔王グリードンの弱点が分かったの?」
「そうじゃなくて……」
ジュリアスは苦笑している。どうやら、的外れな質問をしてしまったらしい。
「一体、何が分かったの?」
「記憶をなくす前も、景山君と僕はこうやって香姫さんを守ってきたんでしょ?」
「ジュリアス君、思い出したの!?」
ジュリアスは首を横に振った。
「でも、何となく解ったんだ」
「ジュリアス君……!」
私の胸が喜びで満たされる。その時――。
「うわああああああああああああ!」
遠くで澄恋の悲鳴がこだまする。とうとう、澄恋が石碑に変えられてしまったらしい。
私は天国から地獄へ突き落された。
「澄恋君!」
逆方向へ走り出そうとした私を、ジュリアスは手を引っ張って引き止めた。
「香姫さん! 今、そっちに走ったら、澄恋君の好意は無駄になってしまう!」
「でも……!」
後ろ髪引かれる私を、散歩を嫌がる犬のようにして引いていく。
「香姫さんが、その眼の力で何とかすればいいんじゃないかな? 僕は間違ったことを言ってるかな?」
私の眼は流れた涙でぼやけている。木の根につまずきそうになって、私は慌てて涙をぬぐった。ジュリアスが立ち止まる。
「ジュリアス君も、澄恋君も、私の事を買いかぶりすぎだよ! 私は、ひとは可視できないの! 物の残留思念しか視えないんだから!」
「物ね……」
数分前までは、妖魔王グリードンを倒して、クレイトンを連れ戻す気でいた。でも、私は妖魔王グリードンの力を完全に侮っていたのだ。まさか、こんな事態におちいるとも思ってみなかった。
「そうか、お前は可視使いなのか……」
毛色の違う声に私の心臓が飛び上がった。
それを言ったのはジュリアスではなかった。振り向いて息が止まるかと思った。
「よ、妖魔王グリードン……!」
私たちの後ろには、妖魔王グリードンが木の幹にもたれて腕組みしていた。
「石碑になるがいい……」
妖魔王グリードンは問答無用で手を横に振って魔法を発動させた。
私は、プレルーノ・モンドを投げる。
魔法は弾かれたが、プレルーノ・モンドは妖魔王グリードンの向こう側に落ちた。易々と、プレルーノ・モンドは妖魔王グリードンに拾われてしまう。
「これで二度目は防げない……」
「くっ……!」
「可視編成!」
間髪入れずに、ジュリアスが呪文を放った。カマイタチは妖魔王グリードンに直撃するが、妖魔王グリードンの髪の毛をわずかに地面に散らしただけだった。
「余には効かない。無駄だ……」
ジュリアスの頬から冷や汗が流れ落ちる。
何故、ジュリアスがわざわざカマイタチの呪文を放ったのか。
私にはその理由が分かっていた。
「ジュリアス君、分かっているから」
ジュリアスは頷いた。
「僕と反対方向に走って!」
ジュリアスの言葉通り、私は反対方向に走った。そして、ジュリアスの呪文で散った妖魔王グリードンの髪の毛を拾い上げる。
人体は可視できないが、人体から離れ物になった髪の毛は可視できるのだ。ジュリアスはこれを狙っていたに違いない。
「はあああああっ!」
私の眼の力が発動される。次の瞬間、私は妖魔王グリードンの弱点を見つけた。
私たちが妖魔王グリードンから逃げ出した後、妖魔王グリードンは自分の心臓を隠していた。自分の右肩の上の異空間に。
「ちょこまかと……!」
「香姫さん、僕、分かったんだ。どうして、香姫さんを守っていたか」
「えっ……?」
妖魔王グリードンは、手を横に薙いだ。魔術が発動される。
ジュリアスは、私を守るように両手を広げた。
「うあああああああああああああ!」
「ジュリアス君!」
石碑が地面にゴトンと落ちた。私の眼から涙が零れ落ちた。
「うわあああああああああああ!」
私は勢いをつけて、妖魔王グリードンの右肩に飛び付いた。
そして、妖魔王グリードンの異空間の中に手を突っ込んで、心臓を握りつぶそうとした。
「ぐあああああああああ! 何をする!」
「きゃああああああああああ!」
私は弾き飛ばされて、木の幹に打ち付けられてぐったりした。妖魔王グリードンが鎧をガシャガシャさせながら歩いてくる。
彼は私の髪の毛を掴み上げた。そして何かに気づいたように息を呑んだ。
「この匂い……!? まさか、お前は……!」
しかし、私の意識はそこで途切れてしまった。




