第九話 石碑の謎
ドゥルドゥー村の森のひらけた所にほうきでたどり着くと、辺りはすっかり闇夜に紛れていた。私たちがいる上空では風の鳴く音がして、木々の葉の揺れる音がさざ波のように押し寄せている。
ベルカ王国の片田舎までほうきで飛んで来た。今頃、魔法学校ではディナーの時間だろう。それぐらい、時間が経ってしまった。
「ホントにここなのかな……? 静まり返ってるし、真っ暗だし……」
「香姫、森の中に誰かいる?」
澄恋は私に訊いてきた。私は可視使いだから、真っ暗な暗闇の中でもヤマネコのように視ることができるのだ。澄恋はその事を知っているから訊いたようだ。
「ううん、どこにも誰もいないみたい……」
「可視編成!」
澄恋が呪文を唱えると、森は発光して辺りを照らし出した。
私はギョッとして、澄恋を振り返った。
「澄恋君! そんなことしても大丈夫なの? もし、妖魔王グリードンが居たらみつかっちゃうよ!」
「でも、誰もいないんだろ……? 森全体を照らしたから大丈夫だよ。簡単には見つからない……降りてみるか?」
「う、うん」
そこに降り立っても、遠くで木々が揺れていて、フクロウが眠そうな声で鳴いているだけだった。
「おかしいな。ここのはずなんだけど……」
警戒しているので、自然に小声になる。ここは平和そのもので、妖魔王グリードンの痕跡すらなかった。
ジュリアスが何かを見つけて指差した。
「これって何かな?」
そこには、奇妙な模様が描かれた石碑が立っていた。良く見ると、あちこちに散らばっている。
「ルーン石碑みたいな石碑だな」澄恋が呟いた。
「ルーン石碑?」
「スウェーデンで主に見つかっている大昔の石碑の事だよ」
澄恋は物知りだ。その石碑には絵のような模様が書かれてある。これが何を意味しているのかは定かじゃないが。
「じゃあ、ここは遺跡なのかな?」
石碑を調べていたジュリアスが何かに気づいて目を瞬いた。
「あれ? でも、香姫さん? この石碑、草を踏み潰しているよ?」
「なんで、それが変なの?」
「確かに変だな。踏みつぶされた草は何故か『枯れてない』」
「……ということは、たった今、石碑が建てられたってこと?」
ということはどういうこと……?
私の心は興味で疑問だらけになった。気が付くと私の目は、石碑を勝手に可視していた。
数分前の光景を何気なく見ていて、ぎくりとなった。私は嫌な予感を感じながら、その残留思念を巻き戻していく。事実を知るなら、早く知らなければならない。でないと――。心臓の鼓動が早くなり警告音を鳴らしている。
結論から言うと、私たちが訪れた場所は間違ってはいなかった。
目の前に展開される半透明の残留思念がそれを告げている。
数分前、森の中央に伸びる光の柱があった。
『おおお! ついに、妖魔王のグリードンが目覚める時が来た! お目覚めください! グリードン様ァァァ!』
光の柱が消え、ハイエナのファナティルの前に、重そうな甲冑を身にまとった長身の男が現れた。長い銀髪を垂らした美形であるが、目は赤く、犬歯がやけに長くて吸血鬼のようだった。彼は長いマントを翻した。
『お前か、余を目覚めさせたのは……』
『はっ! 左様でございます!』
ハイエナのファナティルは恭しく一礼した。
妖精王グリードンは手を斜めに降る。瞬間、ファナティルの笑顔が消えた。
『えっ? 何故ですか! グリードン様ァァァァ!』
ファナティルは嘆きながら光の粒をまき散らし消滅した。グリードンに存在を消されたのだ。
妖魔王グリードンは冷めた目でそれを見るが、無表情のままだ。
傍に落ちている封印鏡を拾い上げた。
『余計なことを……』
妖魔王グリードンは、苦々しく呟きながら封印鏡を懐に仕舞った。
『妖魔王グリードン!』
その時、複数の影が森のひらけた場所に舞い降りた。