第二十一話 香姫(かぐや)の窮地*
開けた土地に暗闇が広がっている。
薄闇に目が慣れてくると、そこは実習試験をしたグラウンドであることに気づいた。その向こう側には寮の建物と校舎が並んでいるようだ。校舎の隅に植樹されている木々が夜風に吹かれて不気味な音を立てる。
私は助かったのだろうか。それならば何故、私はこの場所に――。
その時、鈴の音が聞こえた。私は、鈴の音に恐怖を覚えた。あの鈴の音は、私の口を手でふさいだあの男から聞こえてきた音だったからだ。
つまり、私は助かったわけじゃない。空から下りてくる気配を感じた私は、驚いて逃げ出した。
その瞬間、夜の照明がグラウンド一面を照らし出した。グラウンドの照明が目に突き刺さるように眩しい。
私は、手で光を遮った。
「貴方、誰なの? 私をどうするつもりなの!?」
「我は願いを叶える魔人。リリーシャ・ローランドの能力を目覚めさせに参った」
「えっ!?」
私の目の前にいるのが、あの学園を守ったという守り神だということにやっと気づいた。
文句を言う直前に眩しい光が迫ってきて、私はその光に弾け飛ばされた。
「きゃああああああ!」
校舎の壁に叩きつけられ、私は気を失ってしまった。
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香姫が気を失っている間、物音に真っ先に起きてきたのは、アリヴィナとガーサイドだった。
「嘘でしょ!? 願いを叶える魔人が復活してる!?」
「何事ですか!」
「実は、私とアミアンが魔人の幻影を作ろうとしたんですけど……」
「何ですって!? これが幻影!?」
アリヴィナとガーサイドがその魔人を見上げている間に、ベルナデット校長先生もクレア先生も起きてきたようだ。
ベルナデット校長先生は、年配の方でご無理はさせられない。そう判断したクレア先生は、ベルナデット校長先生の前に立ちはだかったのだ。
「ベルナデット校長先生! お下がりください。ここは、私が! 不可視編成!」
クレア先生の魔力は相当なものだろう。けれども、その魔法は全然効力がなかった。
「効かない!? クレア先生の魔力でも効かないの!?」
「嘘だろ!?」
「貴方たちがこの幻影を作ったのですか!?」
「でも、私たちではできなかったはずなんです……!」
「お咎めは後で。私は、軍警を呼んできます!」
ベルナデット校長先生が助けを求め走り去った後、クレア先生がそれに向かって声を張り上げた。
「夜中に何をやっているんですか! そこから降りてきなさい!」
だが、空に浮かんだ人影は、ゆっくりと単調に答えた。
「我は願いを叶える魔人。リリーシャ・ローランドの能力を目覚めさせに参った」
「リリーシャ!?」
ようやくクレア先生たちは、香姫が校舎の傍に倒れていることに気づいた。
「可視編成!」
出し抜けに呪文の二重音が聞こえた。願いを叶える魔人は、炎に包まれていく。
ジュリアスも事態に気づいたのか、駆け付けた。
「ジュリアス・シェイファー! 良くやったわ! 可視編成!」
クレア先生は褒めたが、魔人がまだダメージを受けていないことを知って、自身も加勢に加わった。炎が業火に代わり、魔人の身体を舐めつくしていく。
アリヴィナとガーサイドは、度肝を抜かれたようで、半分口を開けて呆然と見ていた。どうやら、事態は自分が引き起こしたものらしいと気付いたようだった。
アリヴィナはやっと我に返って、隣のガーサイドを引っ掴んだ。
「ちょっと、どうなってんの!?」
「俺たちは、リリーシャの記憶を復活させてほしいってお願いしたんだぜ!?」
「アリヴィナ・ロイド! アミアン・ガーサイド! どういうことですか!」
クレア先生が怒ると本気で怖い。アリヴィナは、その時の事を振り返り、『……マジで、魔人より怖かったよ』と語っていた。
とにかく、アリヴィナは必死に弁解した。
「こ、こんなことになるって思わなくて! 私はリリーシャのために!」
「とにかく、軍警が来るまで、力を合わせて不可視編成してみましょう!」
『不可視編成!』
アリヴィナとガーサイドが、クレア先生に加勢した。
しかし、それでも無駄だった。
「リリーシャ、しっかり!」
隙を見てジュリアスが香姫に駆け寄った。
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その時、私はやっと意識を取り戻したのだ。
「ううっ……ジュリアス君……?」
体に強い衝撃を受けたせいか、頭痛がした。打ち所が悪かったのだろうか。事態を把握しようと思い、まぶたを押し上げた。
どうしたことだろうか。ジュリアスの顔が四つに見える。朦朧としているせいなのだろうか。それにしては――。
「うわああああ!」
「きゃああああ!」
クレア先生とアリヴィナ、ガーサイドの悲鳴が聞こえた。私は弾かれたように悲鳴の方向に目をやる。
けれども、景色がぼやけて良く見えない。
「リリーシャ?」
「目が……!」
「……とにかく、僕は行ってくるから」
「えっ!?」
ジュリアスは私の手を握る。願いを叶える魔人が空から下りてきた。
「さあ、我らだけになった。さて、どうする?」
「僕が相手をしよう!」
ジュリアスが立ち上がった。
「貴様が?」
「そうだ。僕は、リリーシャ・ローランドを守りにこの魔法学校に来たのだから」