第六話 ジュリアスと喪失2
私が動揺していたのが分かったのだろう。イザベラは、私に答えを出すまでの時間を与えてはくれなかった。
「ジュリアス様と香姫さんがお友達だというなら、何も問題がないはずですわ!」
「う、うん……そうだね……」
何も問題はないはず。私が返事をすると、イザベラは安堵したように微笑んだ。
「じゃあ、私、帰りますわね」
イザベラは嬉しそうにして一礼すると廊下の角を曲がって行ってしまった。
これで良かったのだろうか? もやもやした気持ちが残っている。私とジュリアスの今までの積み重ねが無くなって、ただの他人になってしまった。ぽっかりと開いた穴が埋まらない空虚なままだ。
イザベラが今までの事を謝って来なければ、私はこのことを了承しなかっただろう。イザベラはよっぽどジュリアスの事が好きなのだ。
でも、偽りの恋人の関係なのに良いのだろうか。これで本当に。
「……香姫はそれでいいのか?」
私は聞き慣れた声にハッとして振り返った。澄恋が居たことをすっかり失念していた。それぐらいに私は動揺してしまっている。
「だって私は……!」
カタンと音がして、私は小動物のように振り返った。
それは、ジュリアスだった。いつの間にか彼はベッドから起き出して、廊下までやってきていた。
記憶を失った彼は、いつもとは違う天使のような顔で微笑んだ。
「景山君に香姫さん……? イザベラさんは帰ったの?」
「う、うん……」
「香姫さん……?」
ジュリアスの私の呼び方は以前のままだった。それが余計に寂しさを募らせる。
「ジュリアス君は本当に私の事を覚えてないの? このキャロルさんの腕輪を私にくれたことも本当に覚えてないの?」
気が付くと、アリヴィナに以前言われた同じようなことをジュリアスに言っていた。今なら、アリヴィナの気持ちが痛いほどに分かる。
「キャロル……? その腕輪……僕の大切なものだったの……?」
「そうだよ!」
私は思わず声を荒げた。
「私の事ならともかく、本当にジュリアス君が心から大切だったキャロルさんのことまで忘れてしまうなんて信じられないよ!」
「どうして? どうして香姫さんが僕の腕輪を持っているの? そんなに大切なものを、どうして君が……?」
「それは……!」
説明しても良いものかとためらっていると、再びドアが開く音がした。振り返って驚いた。
「っ!? クレイトンさん……!?」
第二医務室から出てきたのはマリエル・クレイトンだったのだ。