第五話 ジュリアスと喪失
久しぶりに再会した澄恋との会話で暫くの間盛り上がった。アレクシス王子は、澄恋との会話を傍観している。いつもなら、邪魔をしてきそうなものなのに。最初の違和感は些細なものだった。
「澄恋君、ジュリアス君の事に力を尽くしてくれてありがとう!」
ジュリアスの事に話題がおよぶと、澄恋の反応がおかしくなった。
「澄恋君……? どうしたの?」
話したくない話題でもあるのだろうか。澄恋は言いにくそうに口を開いた。
「それが……シェイファーの新しい身体と、シェイファーの魂を融合させることに成功はしたんだけど……」
「えっ……?」
「ゴメン、香姫。シェイファーは記憶を失っている」
「っ!?」
私は第二医務室を飛び出して、隣の医務室に駆け込んだ。
「ジュリアス君!」
そこにいたのは、誰かと元気そうに話しているジュリアスの姿だった。いつもと変わらない体で、私の方を不思議そうに見ている。一体誰と話しているのだろうか。髪の長い女子……? その髪の長い誰かが振り返った時、私は息が止まりそうになった。
「イザベラさん……!? な、なんで?」
髪を三つ編みにしていたので一瞬誰だか分からなかったのだ。
しかし、イザベラは軍警に捕まったはずではなかったのか。次の違和感はそれだった。
「香姫さん、ご心配をおかけしましたわね。私も操られていたということで罪には問われないそうですの」
操られていた……? そう言えばそうだった。軍警に捕まった時、イザベラは何も覚えてない風だった。敏腕なアトリーも無罪だと思ったに違いない。
「イザベラさん、この人は……?」
やはり、ジュリアスは何も覚えてない様子だった。
イザベラが優しそうに笑った。いつもの意地悪なイザベラの刺々しさがない。私はその事にまた違和感を覚えた。
「私の友人の香姫さんですわ」
「こんにちは、香姫さん。初めまして。彼女がお世話になってます」
「えっ……彼女……?」
そう言えば、ジュリアスは『イザベラさん』と呼んでいる。操られていたときと同じ。私の心がざわめいた。
「イザベラさんがそう教えてくれたんだよ? 僕がイザベラさんの恋人だって」
ジュリアスは純真な微笑みを浮かべながらそう言った。このジュリアスには黒さが存在しない。キャロルを殺された過去も、すべて置いてきたような、新しいジュリアスなのだ。
しかし、イザベラはそんなジュリアスに偽の記憶を刷り込んだのだ。
「イザベラさん!」
「香姫さん、ちょっと!」
私が激怒して詰め寄ると、今度はイザベラが焦ったように私の腕を捕まえてドアの方へ引っ張って行った。ジュリアスが不思議そうにこちらに声をかけた。
「イザベラさん、どうしたの?」
「ジュリアス様は少しお待ちになってくださいですわ!」
私は問答無用で、廊下の外に連れ出された。
「どういうこと!? ジュリアス君は記憶がないんだよね!? なんでそんなウソを刷り込むようなことを!」
怒りのまま捲し立てると、イザベラは「ごめんなさい!」と平謝りしてきた。私はその事に面食らって何も言えなくなった。
「ごめんなさい、香姫さん! 私が貴方にしたこと全部謝りますわ! だから、私はジュリアス様の恋人になりたいんですの!」
「だからって、嘘は……!」
「これまでどおり、香姫さんはジュリアス様のご友人でいてください。でも、私はジュリアス様が大好きなの! どうしても、ジュリアス様の恋人になりたいの!」
「でも……!」
そんなことしてまで恋人になりたいだなんて……! 私はイザベラの執念に気圧されている。でも、イザベラがやっていることは、悪いことなのだ。
とがめようとした私の言葉にかぶせるようにイザベラは言った。
「香姫さんは、ジュリアス様の事を友達としか見てないんですわよね?」
「えっ……」
思いもよらない問いに言葉が出てこない。友達だとしか思ってないのに、この焦燥感と喪失感はなんなのだろう。私は、難問を提示されて立ち尽くした。




