第十八話 妖魔王のグリードン……?
私と澄恋は、ひと気の全くなくなった廊下をひた走っていた。
廊下を走りながら窓から見えた中庭には、人影が二つあった。それが見覚えのあることに気づく。
「あれっ?」
私は思わず足を止める。
「香姫、どうした?」
澄恋が踵を返して駆け寄ってきた。私が指差すと、澄恋もそちらに目を向けた。
「澄恋君、あれって、ベルナデット校長先生とクレイトンさんだよね?」
「変な組み合わせだな。それより、今は急がないと!」
「そ、そうだね! ゴメン!」
そんな場合じゃなかった。水晶の事に引っ掛かっていたので、思わず足を止めたのだが、今は余計なことだった。
私の眼は再び可視状態になって、イザベラたちの残留思念を追っていく。
そんなとき、向こうからイザベラの友達のカヴァドールが歩いてきた。
可視し続けるよりはイザベラの親友の彼女に訊いた方が早い。
「あっ、カヴァドールさん、イザベラさん見なかった?」
「イザベラさんなら、校庭の隅でシェイファー君とデートしていたわよ」
「ありがとう!」
いつもなら、イザベラの横で嫌味を言ってくるカヴァドールだ。しかし、今日は嫌味を言う前に私たちは退散した。
嫌味を言おうと思ったらしいカヴァドールは、イザベラの居所を私に教えてからしまったと思ったのだろう。私の背中に、声を張り上げた。
「くれぐれも、邪魔しちゃだめだからね!」
校庭まで走ってくるとマラソンした後のように汗だくになった。
肌寒い冬の外気が、熱した体を冷やしてくれている。
視線を彷徨わせて、辺りを窺う。
「イザベラさんとジュリアス君はどこかな……!」
「居た! あっちだ!」
校庭の隅のベンチに、イザベラとジュリアスが仲睦まじく寄り添って座っていた。
普通に見れば、仲の良いカップルにしか見えないのに――。
「イザベラさん! ジュリアス君!」
普通なら邪魔なんてしないが事態は急を要する。私と澄恋は駆け寄って行った。
すると、それに気づいたジュリアスとイザベラが、鬱陶しそうに振り返った。
「何か用? 僕たちの邪魔をしないでくれないかな?」
「ジュリアス様の言うとおりですわ!」
視線をさまよわせると、ジュリアスの手には封印鏡が握られてあるのが確認できた。
やっぱり、ジュリアスは操られている……!
「その鏡は、青銅鏡じゃなくて封印鏡なの! だから、それには妖魔が封印されているの!」
「だから何かしら?」
えっ? イザベラは何と言った?
――だから何かしら……?
「まさか、知ってるってこと!? じゃあ、イザベラさんは妖魔とグルなの!?」
イザベラはその私の問いを肯定するように笑った。
「さあ、やってしまいなさい! 『妖魔王のグリードン』!」
イザベラが、私に封印鏡を翳した。カッと封印鏡が鈍く光った。
「妖魔王のグリードンって!? まさか、あの、五十億ルビーの賞金首の妖魔!?」
「香姫!?」
「えっ!?」
隣で身構えていた澄恋がギョッとして、私に手を伸ばしたが遅かった。
私の身体は禍々しい光に包まれて、ふわりと浮きあがっていた。
「っ!? だ、大丈夫だよね。もし、攻撃されたら、サミュエル王子にもらったプレルーノモンドを盾にすれば――」
しかし、私の作戦を嗤うように、私の身体は皆から引きはがされてボールのように天高く遠方に飛ばされる。
「きゃああああああああああああああ!」
私は悲鳴を出すことしかできないでいる。
私の身体は空高く放り投げられたボールのように急降下していく。
「香姫! 可視編成!」
ほうきに乗った澄恋が、風の魔法を使って私の身体を空中に滞空させた。そして、私の身体は澄恋に抱きとめられた。
「澄恋君……!」
「大丈夫か? 香姫」
やっぱり、澄恋は背が縮んで可愛くなっても、私の王子様だ。
安心して気が遠くなっていく。このまま、意識を手放してもいいか。
その甘い考えを叱咤するように、遠くからイザベラの声が風に乗って届いた。
「いやあああああああああああ!」
「っ!?」
私は気を失いそうだったが、イザベラのせいで私の意識は再び鮮明になった。
「イザベラさんが!」
「まさか、封印が解かれた!? 急ごう!」
「うん!」
私たちを乗せた澄恋のほうきは、回転して向きを変える。
魔法学校を一望していたが、校庭の中に流れ込むように降下する。
「イザベラさん!」
私と澄恋は地面に降り立った。
駆け寄る私の目に映ったのは、イザベラとジュリアスが倒れていて、セシル先輩が蘇生を行っているところだった。
妖魔王グリードンらしき姿はそこにはなかった。