第十六話 アレクシスのお願い5*
アレクシス王子は、五十億ルビーの妖魔を私にどうしろというのだろう?
私はふらついて、澄恋に支えられた。
「大丈夫か、香姫」
「う、うん……」
「アレクシス! 香姫を良いようにこき使うのも大概にしろ! 香姫に五十億ルビーの妖魔をどうにかなんてできるわけがないだろ!」
「そ、そうだよ!」
子羊のように震える私に、アレクシス王子は困ったように微笑む。
「いえ、香姫さんには可視のご協力を仰ごうと考えただけですのでご安心ください」
「アレクシスの言うとおりだ。香姫に倒してほしいと思ったわけじゃない」
サミュエル王子もアレクシス王子に同意してうなずいた。
倒さなくていいのか。それならひとまずは安心だけど……。
「それに、五十億ルビーの妖魔はまだ封印されたままです」と、アレクシス王子。
まだ、封印されたまま? それって……。
「封印所ってベルカ王国にある孤島ですよね? 妖魔たちの刑務所の……」
「そうです。妖魔たちを眠らせている島の施設です」
この間授業で習ったばかりだ。それに、別世界の話だと思っていた。確か、妖魔たちはそこで罪を償うために、百年、千年の眠りの刑に処されるらしい。
澄恋は、呆れ返ってハッと息を吐き捨てた。
「封印した妖魔が逃げた? そんなことニュースにもなってなかったじゃないか!」
「国民には知らせてません。国の中がパニックになりますから、何もないうちに私たちが秘密裏に処理しようと思いまして」
「秘密裏!? 妖魔を逃がした責任を取るのが嫌なだけだろ!」
「アレクシス様に無礼だろうが!」
ウィンザーが参戦して、口喧嘩に発展している。私は慌てて止めに入った。
「ちょ、ちょっと待ってください。どうして、封印した妖魔が逃げるんですか? 封印されていては、その妖魔は何もできないはずじゃ……」
「良いところに気づいたな、香姫」サミュエル王子はニヤリと笑った。
アレクシス王子も私の着眼点に感心したように微笑んだ。
「正確には、『五十億ルビーの妖魔』は、まだ『封印鏡に封印』されています。その『封印鏡を盗んだ』『五百ルビーの妖魔』がそれを持って逃げたのです」
「えっ……?」
私は、胸騒ぎと共にアレクシス王子の言葉に何か引っかかりを感じた。
でも、五百ルビーか。それは、私が出会った妖魔の中で最弱な部類に入る。それなら、何とかなるかもしれないが――。
「ですから、五百ルビーの妖魔が五十億ルビーの妖魔の『封印を解かないうちに、事を収めれば』事なきを得ることになります。ですから、香姫さんには居場所を可視してもらうだけでいいのです」
なんだ、そう言うことか。それなら、まあいいだろう。
私が胸をなでおろしている横で、澄恋はまだ怒っていた。
「もし、五十億ルビーの妖魔の封印が解かれたらどうするんだよ!」
「私は打開策として『星屑の水晶』を用意していました」
「えっ、星屑の水晶って……」
私は思わず、澄恋と顔を見交わしていた。
クリスタル先生の盗まれた水晶。
それを持っていたマリエル・クレイトン。
彼らの水晶とは無関係だろうか?
アレクシス王子は何も知らない様子で微笑みを浮かべている。
「星屑の水晶があれば、五十億ルビーの妖魔の封印を解けなくすることができます」
「でもな、その水晶が何者かに盗まれてしまった。その犯人も可視してもらいたい」と、サミュエル王子。
「えっ!? 星屑の水晶って盗まれたんですか!?」
私は思わず事情を知っている澄恋を見た。澄恋も瞠目したまま私を見ている。
「どうかされましたか?」
アレクシス王子は私たちに怪訝そうな目を向けて探っている。
「いえ、別に……その水晶を盗んだ人が見つかったら、どうなるんですか?」と、私。
「牢屋行きですね。もし妖魔の封印が解かれてしまったら極刑に処されるかもしれません」
「っ!」
クリスタル先生とクレイトン。彼女たちに関係がないことを祈るばかりだ。
もし、関係があるなら、可視を急がなければならない。
妖魔の封印が解かれないうちに、水晶を取り戻せれば、彼女たちの罪が軽くて済むはずだ。
「それでは、早速可視していただけませんか?」
この一件のすべてを可視してしまえば、とんでもないモノが隠れていそうな気がする。
身近な人物であるから、他人事のように感じられないで、ひやひやしている。
「えっと、封印鏡ってどんなモノなんですか?」
「こういうモノです」
ウィンザーがデータキューブを開いて、写真を見せてくれた。
『っ!?』
私は吃驚して思わず二度見した。
ずっと引っかかっていたアレクシス王子の台詞の訳が今ようやくわかった。
この『封印鏡』は、イザベラが持っていた『青銅鏡』と瓜二つだったのだ。
可視を急がなければ、大変なことになる……!
「分かりました! すぐに可視します!」
私は言い終わるや否や、第二医務室を飛び出した。