第十四話 第二医務室と王子たち*
私は医務室のドアを開けようとした。
「鳥居さん、そっちじゃないわよ~!」
クレア先生が慌てて私に声をかけた。私はドアノブから手を離す。
「えっ? だって、医務室はここですよね……」
私は医務室のプレートを見た。少々古びているが確かに、医務室と書かれてある。いつも通りの医務室のドアがそこにある。
「今日は、医務室を使う生徒がいるから、これからは、駄弁る時はこっちの『第二医務室』を使ってね! アレクシス様もこちらにおいで下さるから!」
「第二医務室ですか……」
私は後ろで立ち止まっているクレア先生たちのもとに戻ってきた。
真新しい白い樹脂でできたプレートがかかっており、それには『第二医務室』とベルカ語の活字で書かれてある。
「そう! アレクシス様が魔法学校に頻繁にお越しくださるようになったから、それが生徒たちにバレるとまずいでしょ?」
「は、はぁ」
特に来なくても問題がないということは、クレア先生が怒りそうなので私たちは口にしなかった。アレクシス王子に会うためにわざわざ別室を用意なんて特別待遇もいいとこだ。
「一体、何様なんだろうな?」
アレクシス王子と犬猿の仲の澄恋は毒づいていた。
何様と問われれば、アレクシスはベルカ王国一人気のある王子様だ。アイドルに会うためだと思えば私の気苦労も少しはマシになるのだろうが、彼が来るたびに厄介なことが起こるのは何とかならないのだろうか。
「分かりました、クレア先生。後は僕にお任せ下さい」
優等生なセシル先輩が代表して責任感のある返事をしている。
「じゃあ、よろしく頼んだわよ~! ああ、忙しい忙しい!」
クレア先生は慌ただしく、『医務室』の方に戻って行った。
でも、何で急に第二医務室なんか作ったのだろう……?
私の頭が疑問で占められる時、私の眼は可視状態になる。
私は廊下を可視していた。
すると、ベルナデット校長先生がクレア先生を叱っている残留思念が見えた。
『具合の悪い生徒たちを追い出すとはどういうことですか!』
『申し訳ありません!』
クレア先生はベルナデット先生に平謝りしている。
「な、なるほど……」
そう言う経緯で第二医務室が生まれたわけだ。今まで、アレクシス王子が来るたびにクレア先生が医務室の誰にも見られない空間を確保していたのだろうが、ついに無理が来たというわけだ。しかしこの様子だと、ベルナデット校長先生はアレクシス王子が医務室に秘密裏で来訪していることを知らないんじゃないか。
「香姫、何してんの? 早く来いよ」
「う、うん」
私は慌てて可視するのを止めて、第二医務室のドアを開けた。
「失礼します」
すると、ソファには、すでに煌びやかなお二人が来ていた。白い薔薇をバックにしていそうなアレクシス王子と、紫の薔薇をバックにしていそうなサミュエル王子が。
なんとなく、高そうな薔薇の香水の芳香が漂っている。
第二医務室は名ばかりの広い空間だった。新設されたので物がないのは仕方ないだろう。
擦りガラスの窓にはレースのカーテンもなく、殺風景だ。
そして、広い空間の真ん中には、アレクシス王子とサミュエル王子に迷惑にならないように、応接用のガラスのテーブルと黒い皮のソファが置かれてあった。
しかし、アレクシス王子とサミュエル王子はそれに座ることもなく、突っ立って私たちを待っていた。傍には、護衛人のウィンザーとエンが付き添っている。
私に気づいて、アレクシス王子たちが振り返った。
どことなく、彼らは真剣な面持ちだ。そこはかとなく、トラブルのニオイがする。
「アレクシス様、何のご用ですか? サミュエル様まで……」
「香姫さん、お久しぶりですね」
アレクシス王子が私にまぶしすぎる微笑みを放った。
「うう……」
世の中の女たちは黄色い声を上げて失神しそうだが、私はそうはいかない。隣の澄恋を見ると、目が死んでいた。
いつも良いこととセットでやってくるなら、黄色い声を上げて失神でもしてやるのだが。
「我が君、ようこそおいで下さいました」
隣では、セシル先輩が殊勝にもサミュエル王子にひざまずいている。
「ああ、カーティスも来たのか。相変わらず不合格な奴だな」
「ご期待にそえず、申し訳ございません」
セシル先輩は笑って頭を下げた。サミュエル王子は満足そうに笑う。
これはもしかするとサミュエル王子の冗談まじりの挨拶かもしれない。
「今日は、香姫に用があるんだが」
「えっ、私にですか……?」
サミュエル王子が手招きしたので、私はセシル先輩の横に突っ立った。隣でセシル先輩がひざまずかない私に苦笑しながら見上げている。
「……あ、あのぅ。ひざまずいた方がいいですか?」
なんとなく、間の抜けた質問で冷や汗が出る。
でも、澄恋もひざまずいてないし……。澄恋はというと、アレクシス王子の横で堂々と突っ立っている。どちらが王子だと疑うぐらい威風堂々としている。蚤の心臓を持っている私は、心臓に毛の生えている澄恋を見習いたいぐらいだった。だから――。
私は再びサミュエル王子を見上げた。
サミュエル王子はクックックと笑って、「いや、そのままで良い」と言った。
そして、護衛人のエンを振り返る。
「エン、あれを」
「はい、かしこまりましたっ!」
相変わらず、年上なのに可愛い護衛人の青年エンだ。彼は、青いビロードの布の上に乗せた何かを恭しく持って、ひざまずいた。サミュエル王子は、青いビロードの上に乗せられたそれを、ひょいと素手で手に取って私に差し出した。
「何をしている。手を出せ」
「え、あ、はい!」
ボサッと見ていた私は慌てて両手を差し出した。
私の手の中に、黒曜石のように真っ黒で、データキューブほどの丸い石ころがサミュエルの手から移し替えられた。手の中にはずっしりした文鎮ほどの重さがある。
「これは、一体なんですか……?」
得体のしれないものを渡されて、私はどう反応していいか分からなかった。




