第十二話 ジュリアスの心変わり2
その次の日も、その翌日も、ジュリアスは相も変わらずイザベラに首ったけだった。私には辛辣な言葉を浴びせて、飽きずにイザベラと恋人ごっこしている。
まったく、なんなのかな!
こないだ、ジュリアスがイザベラの青銅鏡を持っていたので、その理由を彼に訊いたのだ。
「イザベラさんが、この青銅鏡を僕にプレゼントしてくれたんだよ」
「えっ、もしかして、その青銅鏡に釣られたの!?」
意外な言葉に私は目を見張った。
青銅鏡がそんなに欲しかったのだろうか? まったくジュリアスらしくない。
「イザベラさんの魅力に気づいたんだよ? イザベラさんは可愛いからね?」
「ふ、ふーん」
完全に、イザベラにノックアウトされている。どうやら、ジュリアスはイザベラに全面降伏した後、彼女から青銅鏡をプレゼントされたらしい。青銅鏡が欲しくて付き合うような彼ではないことは確かだ。ジュリアスはそんな性格じゃない。
だから、青銅鏡にそんな魔法でもあるのかと考えたが、どうやらジュリアスは青銅鏡を覗きながらイザベラの事を想ってにやけていただけのようだ。
「鳥居さん」
「っ!?」
その日の放課後に声をかけてきたのは、学級委員のマリエル・クレイトンだった。
クレイトンに脅された過去があるので、彼女の事がすっかり苦手になってしまった。
そんな私の繊細な気持ちなどお構いなしに、クレイトンは無表情で声をかけてきた。
「ちょっと構いませんか」
傍若無人なのはいつも通りのようだ。
「い、いや、お構いなく……」
私は、愛想笑いを浮かべながら後ずさりした。そのままそそくさと撤収する予定でもいた。
しかし、後ろから忍び寄った影に予告なく肩を掴まれて、私は総毛立った。
「香姫! 私もアンタに用があるんだ!」
「あ、アリヴィナさん!?」
アリヴィナに、肩に手を回されて、私は逃げ場をなくした。アリヴィナはいたずらっぽく笑っている。
クレイトンは、そんなアリヴィナをじっと見た。そして、私に視線を戻した。
「ロイドさんも、勉強会に来るのです。だから、鳥居さんも来ませんか?」
「えっ!? 勉強会?」
ちらりと横を見ると、アリヴィナがニヤリと笑った。
「ああ、魔法会からセシル先輩が教えに来るんだけど、特別に魔法会以外の人に勉強を教えてくれるんだってさ。だから、魔法会じゃなくて勉強会ってわけだよ」
カーティス・セシルが魔法会の勧誘を全然諦めてないと思うのは取り越し苦労だろうか。私とアリヴィナを釣るためのエサだと考えてしまう。でも、この事を正直にアリヴィナに言ったら怒ること間違いなしだ。
アリヴィナはイザベラと同じで、恋する乙女。セシル先輩に首ったけなのだから。
だから、アリヴィナがセシル先輩の魔法会の勧誘に全面降服するのも時間の問題だろう。私は、密やかにそんなことを考えているのだ。
「自習室Bで放課後から始めるので、鳥居さんもどうぞ」と、クレイトン。
「ジュリアスと澄恋を誘って来なよな」アリヴィナがウインクした。
ジュリアスと澄恋と聞いて、私の心が躍った。また三人でいつものように、他愛のないことを会話できたら幸せだ。
「う、うん! 絶対に行くよ!」
良い口実ができて嬉しかった。ジュリアスも面白そうだから来るかもしれない。
ジュリアスがイザベラと喋るのを止めて席に戻ってきた。帰り支度をしている。
「ジュリアス君、あのね」
しかし、ジュリアスは私の事をすっかり無視している。
「ジュリアス君!」
ジュリアスはため息を吐いて、私の方を振り返った。
「何? これから、イザベラさんとデートなんだけどね?」
「えっ、そ、そうなんだ……」
先約が入っていたのか。だとしたら、仕方ないのか。
それにしても、毎日あんなにべったりで、これからイザベラとデートなのか。
「ジュリアス様~!」
「イザベラさん、行こう?」
イザベラはジュリアスの腕に手を絡めて、私の方を一瞥してジュリアスを上目づかいで見た。
「ジュリアス様、香姫さんと私どっちが好きですの?」
「イザベラさんに決まってるでしょ? 簡単すぎる質問だね?」
「嬉しいですわー!」
「じゃあ、行こうか」
最後にイザベラは私を見てフフンと挑発するように嗤った。そうして、ジュリアスと仲良く教室から出て行った。
「むっかーっ! あれって、なんなのかな!?」
私が一人で噴火させていると、後ろから澄恋がやってきた。
「一体、何の話?」
「あ、澄恋君、あのね。セシル先輩が勉強会を開くって言うから、ジュリアス君を誘っていたんだけど、迷惑だったみたい……!」
私は、ジュリアスとイザベラが出て行ったドアを見て、フンと顔を背けた。そうでもしなければやってられない。
すっかり、私はイザベラに友達を取られてしまったような残念な気分になっている。イザベラもイザベラでフツーにしていればいいのに、私を焚き付けるようなあの余裕ぶった態度! あれって、なんなのかな!?
澄恋は、半眼で笑っている。どうでもいいような、むしろ面白がっているような印象を受ける。
「ふーん。シェイファーはハモンドとデートか。まあ、僕は勉強会に行くけどな。ジュリアスは放っておけば? そのうち、気が変わって戻ってくるって」
「そ、そうだね!」
「また、三人でくだらないことを喋れるといいのにな」
「う、うん!」
私は澄恋の優しいはげましの言葉ですっかり元気になった。
そのうち、ジュリアスもイザベラに愛想を尽かして戻ってくるかもしれない。
そして、私は澄恋と一緒に、勉強会に参加しに行くことになった。他愛のない話で盛り上がりながら、私と澄恋は自習室Bに向かっていた。




