第十一話 ジュリアスの心変わり
朝食を食べた後、私はあくびをした。
昨日は結局ジュリアスは教室に戻ってこなかった。
女子寮に戻った後、澄恋からデータキューブにメッセージが来た。ジュリアスが男子寮に戻ってきたということを聞かされて、ひとまず安心わけだ。けれど、テスト勉強にも身が入らないし、ジュリアスの事で悶々としたまま就寝した。
結局、こうしてあくびになって睡眠不足が顔を出しているのだ。
ファルコン組のドアを開けると、すでに朝食を済ませて駄弁っているクラスメイトがちらほらいる。その中でジュリアスと話している澄恋の姿があった。澄恋は私に気づくと、早足でやってきた。
「あっ、澄恋君、おはよう!」
「香姫、大変だ!」
澄恋が、開口一番に言った言葉がそれだったので、私は眼をぱちくりさせた。
「えっと、何が大変なの?」
「シェイファーの様子が変なんだ」
「えっ? ジュリアス君の?」
私はジュリアスを探した。私の隣の席に座っていて、笑みを浮かべてこちらを見ている。別に変なところなんて全然ない。
「おはよう、ジュリアス君……」
私は、恐る恐る声をかけた。けれど、いつも通りのジュリアスの笑みが返ってきた。
「おはよう」
私は眼をぱちくりさせた。澄恋を振り返る。
「別にいつも通りだよ?」
「それが……」
「皆さん、おはようですわ!」
丁度その時、イザベラが元気に教室に入ってきた。
「イザベラさん、おはよう!」
カヴァドールが駆け寄っていくのが見えた。
「あっ、イザベラさん!」
ジュリアスが立ちあがった。私は違和感を感じて、ジュリアスを振り返った。
「えっ? イザベラさん……って?」
私は思わず声に出していた。イザベラさんとジュリアスは言ったのか? いつもはハモンドさんと名字で呼ぶのに。
「鳥居さん、ちょっと邪魔だからどいてくれないかな?」
ジュリアスが刺々しく言った。
丁度私が通せんぼする形になっていたらしい。
でも、私は、私の事を鳥居さんと言ったジュリアスに吃驚していた。いつもなら、名前で親しげに香姫さんと言ってくれていたのに。
「えっ、ど、どこに行くの?」
私の頭は混乱して、的外れなことを聞いていた。
ジュリアスはすうっと目を細める。
私を敵視しているようなジュリアスの表情に私は戸惑った。
「イザベラさんのところだよ。僕とイザベラさん、付き合うことになったからね?」
「はぁ!? つ、付き合う!? ってどこへ!?」
ジュリアスは完璧に私を侮った顔をして嗤った。
「鳥居さんって馬鹿なの? 恋人になったって言ってるんだよ。もっとも、鳥居さんには全く関係ないことだけどね?」
切れ味の良いジュリアスの言葉に私は唖然とするばかりだ。イザベラと私の立場が逆転してしまった。一夜でこんなに態度が変わるものだろうか?
「なっ? 変だろ?」と、澄恋。
「う、うん。ジュリアス君、イザベラさんの猛アタックにノックアウトされたのか」
「さあな? 男心と秋の空かもな」
「ふぅん、よく分からないけど……」
私はイザベラを振り返った。ジュリアスがイザベラと親しげに話しているのを目の当たりにしたカヴァドールが二人を祝福していた。
私は友達を取られたような空虚な思いで、二人をじっと見ていた。イザベラが私に気づいて、フフンと得意げに笑った。そして、イザベラはこれ見よがしにジュリアスの腕に手を絡めた。
「ジュリアスさまは私のどこが好きですの?」
「全部かな? イザベラさんの全部」
見せつけるようにイザベラはジュリアスと盛り上がっている。イザベラが再び私をみてフフンと嗤った。
「まったく、なんなのかな!」
私はムカついて、フンと顔を背けた。
ジュリアスはイザベラの元に行きたかったようだが、席を勝手に移動することはできない。だから、ジュリアスは私の隣で魔法学の授業を受けている。
私は授業中、何気なく隣を見てギョッとした。
ジュリアスは、青銅鏡に自分の姿を映して笑っていたのだ。
陶酔したような怪しげな笑みを浮かべていて普通じゃない。
その青銅鏡は、イザベラの持ち物のはずだ。
「鳥居、次の問いを答えなさい」
この青銅鏡が――。
「鳥居、聞こえているのか」
もしかして――。
「鳥居!」
「うぇあ!? は、はい!」
シャード先生に怒鳴られて、私は大慌てにもつれた。どうやらシャード先生に当てられていたようだ。大慌てになって立ち上がる。
「で、答えは?」
「わ、分かりません……」
もちろん、答えなどまともに考えられるはずもなく、イザベラたちに大笑いされた。
「あははは! 香姫さんって大馬鹿ですわ~! 超ウケますわ~!」
しかし、私はジュリアスの事が気がかりで、イザベラにムカつく余裕もない。
「ジュリアス君……」
なんで、ジュリアスはイザベラの事がいきなり好きになったのだろう?
そして、なんで、ジュリアスはイザベラの青銅鏡を持っているのだろう?
私の頭を疑問が占める時、私の眼は可視状態になる。
「あ、まず……」
私は、うっかりジュリアスのハダカを可視してしまい、慌てて目を制御しなおすのだった。