第十話 青銅鏡とイザベラ
翌日は、やけにイザベラが元気だった。私は、ファルコン組の教室で澄恋やジュリアスと他愛のない話に花を咲かせていた。しかし、後ろの席でカヴァドールと話しているイザベラの声が大きくて、いつの間にか私たちは喋るのを止めて彼女たちの話に耳を傾けていた。
「これ、スゴイと思いません? 青銅鏡なのですわ!」
なにやら、イザベラが珍しいものを持ち込んだようだ。
「何百年も前のものかもしれませんね……!」
カヴァドールが虫眼鏡で感嘆の息を吐きながら観察している。イザベラは鼻高々としてふんぞり返っている。
イザベラの前には人だかりができている。イザベラの持っている青銅鏡を一目見ようとクラスメイトは躍起になっている。
「どうやら、ハモンドの自慢話らしいね」と澄恋。
「でも、青銅鏡を持ってるなんてすごいね……!」
私は感心してしまった。歴史の授業で出てくるような出土品だろう。たしか、古墳の中から出てきそうな感じの。
「どうやって手に入れたのかな?」私は、隣のジュリアスに訊いた。
「ハモンドさんは口調からしてお嬢様だから、お金持ちなのかもしれないね?」
「そうなのかな」
ジュリアスの説明を聞いてもしっくりこない。
「イザベラさんは青銅鏡なんて欲しがるようなお嬢様なのかな? イザベラさんの雰囲気に合わないよね。もっとオシャレで高そうな物を自慢しそうなイメージがあるけど。偏見なのかな」
「うんうん、まったく金持ちは分からないよな」
「そうだね?」
澄恋もジュリアスもどうでも良さそうだ。確かに、イザベラの趣味を理解しても、一銭の価値もない。たまたま、珍しいものが手に入ったので自慢しているだけかもしれない。私も、青銅鏡のような珍しいものが手に入ったら自慢するかもしれないけど。
「そう言えば最近、アレクシス様、姿を現さないよね……」
私が話題を変えると、二人は嫌な顔になった。つまらなそうな顔をしていたから、話題を提供したわけだが。
「あ、あれ? アレクシス様の話題はまずかった……?」
「香姫さんは面倒事に首を突っ込みたいのかな?」
ジュリアスは黒い笑みを浮かべている。
面倒事か。確かに、アレクシス王子には面倒事がセットで付いてくる。
「ううん、そう言うわけじゃないけど。音沙汰がないからブキミで」
決して、寂しいとか物足りないとか思ったわけじゃない。刺激が欲しいわけでもない。
単にブキミなのだ。嵐の前の静けさというか。
澄恋が嘆息した。
「確かにな。そう言えば、魔法学校の周辺でアトリー軍警特別第二官を見かけたよ。また、なんかヤバい事が起きないといいけどな」
「アトリーさんを!? なんか、ヤバい臭いがプンプンして来るような気がする!」
アトリーが出てくるということは、アレクシス絡みだろう。
「本当だね? 僕たちが巻き込まれなかったらいいのにね?」
「ううっ、ゴメン、話題の選択を間違っていたよ……」
私は素直に謝った。余計な心配をする羽目になるとは思わなかったのだ。それが現実になることも。
その日の放課後の事だ。
「それでは、ショートホームルームを終わる!」
シャード先生の元気な声が教室の中に響き渡った。
「起立、礼!」
私は窓の外の夕日を見て目を細めた。今日は何事もなく日が暮れた。いつも通り帰り支度して、帰りに医務室で勉強してから帰ろうかと提案しようと思っていた。
「ジュリアス様!」
ジュリアスの席までやってきたのは、イザベラだった。
「何かな? ハモンドさん……」
ジュリアスは黒い笑みを浮かべて戦闘態勢だ。ジュリアスがイザベラに突き付けるのは、いつも否という返事だが、挫けないイザベラは不屈の精神を持っているのか一向に諦める気配がない。
「ジュリアス様、ちょっとお話がありますの」
必ずと言って良いほどフラれるのに起き上がってくる姿には感心してしまう。私は隣で何となく目を向けていた。
ジュリアスはにっこりと微笑んだ。
「ゴメン、イザベラさんには話すことなんて微塵もないんだ」
ジュリアスは黒い笑みで一刀両断にした。私はうわーっと思った。
これが、私への返答だったら、泣き出してしまうぐらい辛辣だ。
「すぐ済みますから、お願いできません? 一分で構いませんの!」
しかし、今日のイザベラは諦めなかった。いつもなら、隣にいる私に嫌味の一つでも捨て台詞を吐いて行くのに。珍しく根負けしたジュリアスは嘆息した。
「分かったよ。一分で良いならね?」
「ありがとうございます!」
「香姫さん、教室で待っていてくれるかな?」
「う、うん……」
ジュリアスは諦めて、イザベラの後を付いて行った。私はしばらくの間、澄恋と教室で待つことにしていた。
しかし、待てども待てどもジュリアスが帰ってくる気配がない。
「遅いなぁ、ジュリアス君……」
「そうだな。一分で終わるって言ってたのにな」
私と澄恋は、教室の中で待ちくたびれていた。
その日、ジュリアスはファルコン組の教室に戻ってくることはなかった。