第八話 秘密の取り引き
ええっ!? なんで、あの人が――!?
私は、後ずさりした。そして、占い学の準備室を飛び出した。幸いなことに、クリスタル先生とは鉢合わせしなかった。
ファルコン組のドアを開けて、私はその人物の姿を探していた。いくら自分勝手なクリスタル先生の持ち物でも、盗むのは良くない。水晶を盗んだ彼女と話し合うべきだ。
彼女は教室の中の定位置に座っている。私が彼女の方にたどり着く前に、私の前に二人が立ち塞がった。
「っ!?」
「香姫さん、どこに行っていたの?」
「やけに遅かったよな」
ジュリアスと澄恋だった。ジュリアスは腕組みして、澄恋は手を腰にやっている。二人とも心配してくれていたのだろうか。
「ジュリアス君、澄恋君……!」
私の強張った体から力が抜けた。そんな私に気づいた二人の笑みが深くなる。
「香姫さん、正直に話してね?」
「香姫。トラブルに巻き込まれただろ?」
「うっ!」
私の一言で二人は私の置かれている立場を理解したようだ。
「やっぱりね?」
ジュリアスは肩を竦めて嘆息した。
「それで、どんなトラブルなのかな?」
ジュリアスと澄恋は必要以上に微笑んでいる。
こ、怖い! 隠すことなんてないので、正直に話すに決まっている。それに、いつもより大したトラブルじゃない。
「実はね、クリスタル先生がね、水晶を探してくれっていうから、いつもどおりね?」
それで、可視したことをそれとなく伝えた。それで十分二人は理解したらしい。クリスタル先生なら逃げれないと二人から諦め感が伝わってくる。
「それで何を見たの?」
「実はね」
占い学の準備室で可視したことを、こっそりと二人に話した。私が、犯人の名を口にすると二人は驚いていた。
ジュリアスと澄恋は彼女の方を向いた。マリエル・クレイトンの方を。
私は、クレイトンを人通りの少ない廊下に呼び出した。私一人だと不安だということで、ジュリアスと澄恋もくっついてきた。弁の立つ二人が同伴してくれているので安心だ。
「何でしょうか、お話って」
淡々と、彼女は問う。彼女は前髪を耳の後ろに引っかけた。
私は周りを確認する。
ひと気が無くなったのを見計らって、私は話を切り出した。
「実は、私見たの。クレイトンさんがクリスタル先生の水晶を……その、盗むところを」
クレイトンがあまりにも堂々としているので、私の言葉は尻すぼみになっていく。
私が犯人扱いしたことで、クレイトンは大慌てになり、慌てふためくのか。そんな彼女の自尊心が崩れる様を想像したくなかった。
そんな私の心配を笑うように、クレイトンは面白そうに口端を上げる。
「鳥居さん、私はこれを人前で出したことは一度もありません」
「えっ!?」
そう切り返されると思わなかった私は狼狽しきった。あっという間に、立場が逆転してしまった。
クレイトンはローブのポケットの上から触った。彼女がこんなに面白そうに微笑んでいることなど、今まであっただろうか。
クレイトンは勝ち誇った目をして私に訊いた。
「一体どこで見たんですか?」
「そ、それは……!」
可視しただなんて言えない! 私の心臓が警鐘を鳴らしている。彼女が敵に回ったら危険だ。
冷や汗を浮かべて言い淀んだ私をどう思ったのか、クレイトンは嘆息した。
「それにですね、これはもとから私のモノなのです」
ローブのポケットをポンポンと叩いている。
しかし、真実を知っている私には、誤魔化しがきかないことを分かっているのだろうか。
第六感の警告を無視して、私は言い募った。
「でも、それは確かに、クリスタル先生ので! クリスタル先生の準備室にあったのに!」
すると、クレイトンの表情がだまし絵のように変わった。
「私は盗んだりしません! 私のモノだから、クリスタル先生から取り返しただけです!」
クレイトンは激昂して、捲し立てた。息を切らす彼女を私は呆然と見つめる。
「で、でも……」
それは本当なのだろうか。イザベラのカンニングを咎めたクレイトンだから、そんなあからさまな嘘はつかないと思うが――。
クレイトンの怒りが沈静化した。彼女はいつも通り無表情になり嘆息した。
「取引をしましょう」
「取引……?」
「このことを鳥居さんは知らなかった。だから、私も鳥居さんの『眼』の事は黙っててあげます」
「っ!?」
私は不意打ちを食らって、二の句が継げなくなった。表情に全て出ていたのだろう、クレイトンは再び口端を微かに上げた。
「鳥居さんは正直ね。でも、命取りだわ」
何も言えなくなった私の後ろで、澄恋が口を開いた。
「クレイトン、何を言ってるの? 香姫の事を勝手に勘違いしているようだけど……」
「そうそう。香姫さんにそんな力はないよ?」
私は後ろをチラリと振り向いた。ジュリアスも澄恋も私と違ってポーカーフェイスが板についている。クレイトンは目を細めた。
「そうね。鳥居さんの二人のナイトが言うならそうなんでしょう?」
「流石、クレイトンさんだね? 物分かりが良くて助かるよ」
澄恋もジュリアスもこのクレイトンと互角に渡り合っている。
「鳥居さんを守るために二人も大変ね。いつまで鳥居さんを守れるのかしら? じゃあね?」
完全に、クレイトンの勝利だった。しかし、クレイトンは自分を見逃したら私の事は黙っていると言っている。どうやら、取引は終了したらしい。クレイトンは教室に帰って行った。
私が壁によろよろともたれかかると、澄恋とジュリアスがゆっくりと歩いてきた。
「香姫。これ以上、クレイトンに深入りするのはまずいと思う」
「景山君の言うとおりだね。彼女は見抜いているのかもしれない」
「う、うん……。仕方ないから、クリスタル先生の依頼は諦めるよ……」
凭れていた壁からずり落ちるようにして私は床に座った。
「クレイトンさんがこれ以上私の事を詮索してこなければいいけど」
「彼女が善人であることを祈るばかりだね?」と、ジュリアス。
自然と教室の窓からクレイトンを探してしまう。彼女は、何事もなかったかのように、黙々と本を読んでいた。
「まあ、大丈夫なんじゃないかな」
「そうみたいだね?」
澄恋とジュリアスは顔を見交わした。
「ひとまずは、だよね? はぁ……」
よりによって私は、テスト前に余計な心労を抱える羽目になってしまったのだった。