第十九話 魔法演習と試験*
試験の当日になった。緊張した面持ちのクラスメイト達が、グラウンドに集合している。空は晴れ渡っていた。魔法を集中して使うには持って来いの天気だ。
けれど、私は憂鬱だった。結局、魔法は使えなかったのだ。
あの一週間、ジュリアスはスパルタもいいところだった。何度やってもできなかった私をどう思ったのか、はたまた春の温かさのせいなのか、ついに彼は血迷った。
「できない? 一週間経ってもできなかったらキスするから。嫌だったらがんばれ」
「ええーっ!?」
死ぬ気で頑張った。けれど、残念なことに魔法は使えなかったのだ。けれども、ジュリアスとキスするのは避けたかった。
とうとう、私は、ジュリアスの隙を見て逃げてきたというわけだ。
「今日から、『魔法演習』を行う。担当は私、『バルド・マクファーソン』だ」
私は、再びこの人と目見えて、驚いた。まさか、この先生に教わるとは思っても見なかったから。この先生は、あの時ガーサイドとの勝負の審判をした『マクファーソン先生』だ。まさか、魔法演習の担当教師だったとは。
皆は、体育座りをして、話に耳を傾けた。
「シャード先生が予告していたと思うが、今日は、どれだけ魔法が使えるのか『試験』を行う」
生徒たちは緊張した面持ちでざわめき始めた。
その時、ジュリアスが私の隣にやってきて、体育座りした。
「……っ!」
お化けを見た時と同じ反応を返した私に、ジュリアスはクッと笑った。
「あんなの嘘に決まってるだろ。逃げ惑う姿が面白かったよ」
「なっ!」
「ああでも言わなきゃ、無理だと思ったんだけど、まさか本当に最後までできないとはね」
私は口を開けたまま戦慄いた。
私が恐怖した日々は何だったのだろう。私は、ジュリアスの手のひらの上で転がされていたに過ぎない。
「ジュリアス君の意地悪……!」
「何とでも言って? でも、君を見ていると懐かしくなるよ」
「えっ?」
「知り合いにそういう子がいたからね」
「静かに!」
マクファーソン先生が叱咤すると、緊張でお喋りしていた一同は静まり返った。
「可視編成!」
予告なく、マクファーソン先生は呪文を唱えた。
出現したのは、強暴そうな魔物だ。幼い子供ほどの大きさで、カマキリのようだが、身体は黒い。
いきなり現れた魔物に生徒たちは浮足立ち、悲鳴を上げる者さえいた。
「この魔物は幻影だ。魔物の方から攻撃してくるということはないので、安心しなさい」
やっと、生徒たちは落ち着きを取り戻し、また元の所に体育座りして聞き始めた。
「この魔物を可視編成で消滅させなさい。それができれば、合格だ」
マクファーソン先生は、開いたデータキューブをフリックした。
「まずは、アリヴィナ・ロイド」
アリヴィナは、出現させた炎で燃やした。
「次、アミアン・ガーサイド」
ガーサイドは、その魔物を凍結させて粉々にした。
「次、クェンティン・ガーサイド」
クェンティンは、無数の矢で串刺しにして、消滅させた。
「次、ジュリアス・シェイファー」
ジュリアスはどうやって攻撃するのだろう。クラスメイト達は一様に彼に注目していた。
「不可視編成!」
魔物は一瞬にして消滅した。可視編成じゃなくて、不可視編成でも良いのか。データキューブを閉じるときや、消す時に使う呪文なのは分かるけど。
「うむ! 合格!」
マクファーソン先生は力強く頷き、満足そうにデータキューブにの表に丸を付けた。
「ジュリアス・シェイファー。どうして不可視編成を使った? 魔物には効かないとは思わなかったのか?」
普段は厳格なマクファーソン先生だが、ジュリアスには笑みを浮かべている。
「マクファーソン先生が出した魔物は、先生が作り出した幻影ですから」
「素晴らしい!」
けれど、私は何がそんなにすごいのか分からなかった。生徒たちも不可解な顔をしているが、ジュリアスにパラパラと拍手を送っている。
試験に合格したことはすごい。でも、データキューブを閉じるときと同じ、至極簡単な魔法に思えたからなのか反応は薄かった。
「次、レヴィー・ブレイク!」
「よーし、俺も!」
ブレイクは腕まくりをして魔物に手を翳す。
「不可視編成!」
ジュリアスの真似をして、簡単に試験に合格しようと思ったらしい。
ジュリアスは、結果が分かっているのか微笑みを浮かべている。
「あ、あれ?」
けれども、不可視編成を行ったはずなのに、その魔物は消えなかった。
「ど、どうして?」
ジュリアスは上手く消せたのに、ブレイクは消せなかった理由が分からない。
「できなかった理由が分からないのか? 不可視編成は、自分より魔力が上回っている物の可視編成は消せない」
「じゃあ、シェイファーって、マクファーソン先生よりも魔力が上ってこと!?」
ブレイクが驚愕したようにジュリアスを振り返った。
ジュリアスはクラスメイトの尊敬のまなざしを独り占めにしていた。
ただ一人、クェンティンは面白くなさそうに彼を睨んでいるが、ジュリアスは全く気にも留めていない。
「次、リリーシャ・ローランド!」
ついに私の番が来てしまった。私は、こっそりため息を吐いて、立ち上がった。




