第七話 特別な水晶ととある女子
翌日からは、忙しい時間が早足で過ぎて行った。授業では今年度の復習や問題集に必死で取り組んでいたので、気が付くと夕方になっている。
今のところ、イザベラも大人しいし、ファルコン組は平和そのものだった。しかし、私は妙な焦燥感を覚えていた。
まさか、イザベラが大人しいのは嵐の前の静けさなのだろうか。
私が、ハンカチで手を拭きながら、女子トイレから出てきたときのことだった。
ジュリアスと澄恋は教室で待っている。私は丁度一人で別行動をとっていたのだ。
「っ!?」
背後にどす黒く渦巻いている生命力を感じた。ジュリアスが黒い笑みで待っていたのかと思ったが、そうではなかった――。
もっと得体のしれない気配だ。
そう。雨の日に、柳の木の下にいそうな。
ずぶ濡れの髪の長い得体のしれない妖魔が真後ろに……!
「鳥居さあああん……!」
クリスティン・クリスタル先生だった。
「クリスタル先生!? ななな、何のご用ですか!?」
フツーに出てこれないのか、この人は!
私は早くも逃げ腰になっていた。クリスタル先生の要件は訊くまでもない。
「私の水晶は見つけてくれた……?」
やっぱり……!
「いや、忙しくて、その……」
私は手をもじもじさせながら上目づかいで彼女を見た。
はなから見つける気がこれっぽっちもなかったなんて口が裂けても言えない……!
「見つけてくれないと、ヒドイ占いの結果が鳥居さんを……!」
襲い掛かってくるような言いようのない魔力を感じ取った。クリスタル先生の占いの結果は当たりかけるから怖いのだ……! 夢見も悪くなるような気がして、私はすぐさま音を上げた。
「あわわ! 分かりました! 分かりましたから!」
「そう? 物分かりが良くて助かるわ! オホホ!」
早くも発作が起きる前のカリスマ的な姿に戻っている。クリスタル先生の変わり身の早さと言ったら半端がない。この人、私をおちょくって楽しんでいるのだろうか。ドッと疲れが出てきたような……。
「ちなみにどこで水晶をなくしたんですか?」
「占い学の準備室に置いてたの! 少し目を離したスキになくなっていたの!」
占い学の準備室か。
それなら、置いてあるものを可視すれば、すぐに見つかりそうだ。
「えっと。手掛かりがあるかもしれないので、準備室を見ても良いですか?」
私は、クリスタル先生に案内されて、占い学の準備室までやってきた。先生が準備室の鍵を開けた。
「わぁ……!」
「素敵でしょ? 私の憩いの場なの!」
占い学の準備室に足を踏み入れるのは初めてだった。床には一面に魔法陣のような絨毯が敷かれてある。
伽羅の上品な木の香りがして、どことなくミステリアスな雰囲気が漂っている。
ドレープの金色と黒色のカーテンが、格子入りの上げ下げ窓を彩っている。卵を二つに割ったようなハンキングチェアが二つあり、その中に金色のクッションが置かれてある。この中で眠ったら心地よさそうだ。
紫のテーブルクロスが掛けられている机の上には、占いのセットが所狭しと置かれてある。
「って……!」
私は机に並べられているいろんな大きさの水晶を見つけて、ジト目でクリスタル先生を見上げた。
「……水晶、あんなにあるじゃないですかっ!」
「違うのよ! 私ががらくた市で買ったのは、流れ星が水晶に落ちたっていう特別な水晶なの!」
「水晶が流れ星に……?」
「そう!」
そんな物騒なものが落ちたら、水晶は粉々に砕けたりしないのだろうか。違和感を感じたが、クリスタル先生相手に言い募ったらややこしくなるだけだ。
「ふぅん。じゃあ、探してみます……うっ!?」
可視しようと思ったが、クリスタル先生の顔が間近にあった。
クリスタル先生の視線が気になって集中できない。それに、クリスタル先生に秘密を握られたら後々厄介だ。
「いやあの、見られると気が散るんですが……!」
「そう? じゃあ、ごゆっくり~! オホホホホ!」
占い学の準備室のドアが軽やかに閉められた。クリスタル先生のご機嫌な鼻歌が遠ざかっていく。
私は、ため息を吐いた。
気を取り直して、手近な水晶を手に取るとそれを可視し始めた。長い時間の残留思念を遡らなければならないので少々厄介だ。
「はああああ!」
四日分の残留思念をさかのぼった。録画の映像を延々と巻き戻ししているような感覚だ。
しかし、これだけ可視しても、見えないなんて……!
私は、既に汗だくになっていた。息が早くなって、マラソンをした後のような疲労感がのしかかる。
「待って、あった……!」
何かが映って、クリスタル先生が探し求める水晶が現れたので、私は残留思念を再生した。
「えっ!? な、なんで!?」
そこには、とんでもない事実が映っていた。
「なんで……!? 嘘でしょ……!?」
瞬間移動してきた女子が、その水晶を掴むと、ローブのポケットに入れて、占い学の準備室から出て行ったのだった。
その通り過ぎる彼女の金髪のおさげが私の目に焼き付いた。