第六話 クレイトンVSイザベラ*
「た、大変だ! クレイトンさんが!」
「ガーサイド君、どこで魔法勝負してるのかな?」と、ジュリアスが尋ねている。
「グラウンドでやってるらしいぜ。アリヴィナもリリーシャも追い掛けて行った」
言い終わると、ガーサイドはグラウンドにすぐさま向かった。
「早く食べないと!」
大慌てになって、私はシュガートーストを口の中に詰め込んだ。
澄恋が片ひじ付いて、そんな私を面白そうに眺めている。
「どんな時でも食べ残さない。それが、香姫クオリティ」
「景山君? のん気に香姫さんのキャッチコピー作ってる場合なの?」
ジュリアスはそんな澄恋に呆れ返っている。
やっと食べ終えた私は、あたふたと食器を片づけて、大急ぎでグラウンドに馳せた。
空を見れば、分厚い板のような黒い雲が見える。雷鳴が遠くで鳴っている。一雨来そうな雰囲気だ。
「ああっ!? リリーシャさん!」
「アリヴィナ!」ガーサイドが叫んだ。
視界の中でグラウンドにいるイザベラたちが人形のように見える。私が目撃したのは、イザベラとリリーシャ、アリヴィナがスローモーションのように倒れて行くさまだった。リリーシャとアリヴィナの身体がバウンドして転がった。
「えっ!?」
彼女らを見下ろすようにして、その場に立っていたのはマリエル・クレイトンだ。
彼女は服に付いている砂ぼこりを払いのけている。
「な、何がどうなってるんだ!? おい、アリヴィナ!」
ガーサイドが、アリヴィナを起こしにかかっている。
「大丈夫か、アリヴィナ」
ガーサイドはアリヴィナの頬を軽く叩いていたが、どうやら力を入れすぎたようだ。
「いた……! 痛い痛い! 痛いつってんだろうが!」
「ぐえ、わりぃ」
目覚めたアリヴィナに襟首をシメられていた。
「……」
ちなみに、リリーシャは放置されている。
地面とキスしたまま、タイヤに踏まれた蛙のようになっている。
恋人のクェンティンが知ったら激怒するに違いない。
「香姫さん!」
「香姫!」
リリーシャの事が気になっていたが、おそらく大丈夫だろう。ジュリアスと澄恋に呼ばれて、私はハッと我に返った。
「分かってる!」
ジュリアスと澄恋は、私に早く可視するように促しているのだ。
リリーシャはとりあえず放置して、私はグラウンドの土を手ですくい取った。
どうして、リリーシャやアリヴィナまでもが、クレイトンに倒されているのだろう?
疑問が私の脳裏を独占する時、私の眼は可視状態におちいる。
「はぁああ!」
私の眼がグラウンドの土に含まれている残留思念を巻き戻す。すると、私の可視した視界の中で、残留思念である半透明のクレイトンとイザベラが景色の中で動き始めた。
これは、三十分ほど前の出来事らしい。
『クレイトンさん、古代魔法学の授業ではよくもやってくれましたわね』
イザベラは、クレイトンと距離を保っている。グラウンドに来たのは、どうやらイザベラに魔法勝負を申し込まれた後のようだ。
『お礼なら構いません。学級委員として当然の事をしたまでです』
『学級委員? なら、私にその学級委員の座を譲ってもらおうかしら? 魔法勝負で私が勝ったら、貴方が私に逆らうことは許さなくてよ!』
『良いでしょう。どこからでもかかってきてください』
その後は、可視編成の応酬で魔法が飛び交った。火の魔法、水の魔法、電撃の魔法に、無数の矢の魔法。両者は、互角に渡り合っているように見えた。けれども――。
『その程度ですか』
『なんですって!?』
クレイトンの口端が微かに上がる。侮られたと推知したイザベラは、牙をむいて襲いかかって行く。
『可視編成!』
『可視編成!』
イザベラは電撃を放ったが、クレイトンに弾き返された。その衝撃を受けたイザベラはその場に崩れ落ちた。
『くっ!』
『イザベラ! マリエル!』
リリーシャが叫んだ。向こうからリリーシャとアリヴィナが駆けてきたのだ。
クレイトンは金髪をすっと耳の後ろにかける。
『勝負は私の勝ちです』
『へえ、あんた、今まで目立たなかったけど、案外強いのね!』
『やるじゃん。見直したよ!』
と、リリーシャとアリヴィナに肩を叩かれている。
『ええまあ、それなりに』
クレイトンは褒められても、無表情のままだ。嬉しくないのだろうか。
『まだですわ……!』
今まで倒れていたとばかり思っていたイザベラが、ゆらりと起き上がった。
クレイトンが後ろを一瞥した。
『リリーシャさん、アリヴィナさん。ついでですから、ハモンドさんと一緒にまとめてかかってきますか?』
挑発するように、クレイトンは目を細めた。
『ついで!? いいじゃんやってやる!』と、アリヴィナは呆れている。
『おもしろそうね! やってあげるわ!』リリーシャは乗り気だ。
互いに距離を取り、可視編成の魔術が炸裂した。
そして、十分後、その場に立っていたのは、クレイトンだけだった。
勝利の女神は、マリエル・クレイトンに微笑んだのだ。
『私の勝ちですね』
凛とした彼女の姿に、私は内にあふれる歓喜と魂の震えを感じた。
す、すごい。彼女は無敵だ……!
「……と、そう言う理由らしいよ!」
クレイトンがイザベラやアリヴィナ、リリーシャを起こしているのを横目に、私はこそこそとジュリアスと澄恋に説明していた。
「ふぅん、なるほどね? すごく分かりやすかったよ」
「そ、そうかな……!」
私が、ジュリアスに褒められて照れていると、澄恋は感心したようにうなずいた。
「香姫は、面白いモノがいつも見れて良いよな」
「澄恋君、他人事だと思ってるでしょ! 大変なんだからね!」
私が澄恋と密やかに喧嘩していると、リリーシャが満身創痍で立ち上がるのが見えた。
もうアリヴィもイザベラも動けるほどに回復していた。
「イザベラ、大丈夫か?」
「私に構わないで!」
「な、なんだよ!」
アリヴィはイザベラに手を貸そうとしたが、跳ね返されていた。
「マリエル!」
肩を押えているリリーシャが、マリエル・クレイトンの前に立った。
「あ、リリーシャさん」
そうか、負けちゃったんだ。
いつもは元気なリリーシャも、今は消沈している。
「仕方ないから、クラスの主導権はあんたにゆずるわ!」
クレイトンがそんなリリーシャに手を貸している。
「冗談言わないでください。私は、リリーシャさんみたいに目立ちたくないのです。だから、今まで通りでお願いします」
リリーシャの目が輝いた。
「あんた、良いやつね! 分かった、あんたを私の友達にしてあげるわ!」
リリーシャはふんぞり返って、偉そうにお願いした。
「結構です」
アリヴィナがガーサイドを押しのけて、自分を親指で示した。
「じゃあ、私の友達になりなよ! リリーシャより私の方がお得だぜ?」
「結構です」
「じゃあ、俺の友達に」
「なんでアミアンが出てくんだよ! アミアンは戦ってないだろ!」
「そうよ! 代わりに私がアンタを舎弟にしてあげる!」
「お断りだ! なんで俺だけ舎弟なんだよ!」
リリーシャたちが、賑やかに医務室に向かっている。
「香姫、シェイファー、僕たちも医務室に行こうか」
「そうだね? 雨が降ってきそうだし?」
「うん! ねえねえ、食堂からデザート持って行こうよ!」
「そうだね、良いかもしれないね?」
私たちも、がやがやと彼女たちの後を追っていく。
空が轟き、雨が降り出した。
「マリエル・クレイトン! 許しませんわ!」
そんな絶叫が後ろから聞こえきて、私は吃驚して振り返った。
雨で煙ったグラウンドの視界が、私とイザベラを断割して覆い隠している。
虚勢を張っているイザベラだが、もう何もできないだろう。
私は、暫くイザベラの方を向いていたが、澄恋に声をかけられて駆けて行った。




