第五話 古代魔法学の授業の一幕*
次の授業は、アンディ・ビートン先生の古代魔法学だった。今日の授業では、今年度の総まとめの問題集をやった。ビートン先生は私に厳しいので、他の教科よりも少し多めに取り組んでいるのだ。
しかし、今回の問題集では、十問中五問しか正解しなかった。けれども、私としては躍進的な大進歩なのだ。
古代魔法は呪文が不規則で、やたら長くて覚えにくい。その上、発音が英語の数十倍ぐらい複雑なので、この世界で使える人は片手で数えるぐらいしかいないらしい。通常の可視編成よりも古代魔法の方が高度な魔法が使えるので、使えないが一応覚えておこうと教師たちは考えたようだ。なので、私たちは発音を無視して覚えている。英語をカタカナで覚えるような要領だ。
ビートン先生のデータキューブに答案用紙を送る。すると、教卓からビートン先生の笑顔が返ってきた。
「鳥居さんはまだまだですが、君にしてはよく頑張った方ですね!」
ビートン先生は本当に嬉しそうに、答案用紙に丸を付けて送り返してきた。
五問しか正解してないのに、ビートン先生は花丸を付けてくれた。しかも、『良く頑張りました!』という言葉まで書き加えられてある。
「ありがとうございます!」
私は、データキューブを抱きしめて、何回も答案用紙を眺めた。
隣の席のジュリアスもにこにこしている。
丁度、チャイムが授業の終わりを告げた。号令がかけられて、生徒たちが教室から出て行く。
「香姫さん、良かったね?」
「ジュリアス君、五問正解したよ……!」
「すごいね、香姫さん」
ジュリアスにも褒めてもらえて、私は有頂天になっていた。
「たった、五問! それで褒めてもらえるだなんて、とんだノータリンですわね!」
言葉が胸に突き刺さるようだった。
声の主はイザベラ・ハモンドだ。
自分の頑張りをけちょんけちょんに言われて悔しかった。徹夜を毎日繰り返して、何度も暗記して、やっと取れた五点なのに。
「そういう、ハモンドさんは何点なのかな?」とジュリアス。
「私は満点ですわ! ジュリアス様、私の方がすごいと思いません?」
自分も褒めてもらうための算段かもしれないが、ハモンドはジュリアスの笑みが黒くなっていることに気づいていない。
「まったく、イザベラは懲りないわね!」
「ホントだよな! イザベ――」
「良く言うわね」
「えっ!?」
イザベラを止めようとしたリリーシャやアリヴィナよりも、マリエル・クレイトンの方が一足早かった。
チャイムが鳴ってしまったので、生徒たちは会話しながら、教室から出て行っている。
賑やかだった教室がしんと静まり返る。
イザベラが顎をつんと上げて腕組みした。ビートン先生は休み時間に入っているせいか、注意せずに動向を見守っている。
教室に残っている半数の彼らの視線がマリエル・クレイトンに集中した。
「良く言うわね。ハモンドさんは問題集の答えを見ていたでしょ?」
斜に構えていたイザベラ・ハモンドが急に動揺し始めた。
「な、何ですって! クレイトンさん! 言いがかりは……!」
クレイトンは自分の金髪を耳の後ろにやった。そして、自分のデータキューブを操作する。
「ビートン先生のデータキューブに証拠の写真を送っておきました」
「えっ!?」
イザベラは凍りついていた。生徒たちの視線がビートン先生に注がれる。
ビートン先生は、自分のデータキューブに送られてきた写真に瞠目して、怒りで真っ赤になって立ち上がった。
「カンニングは許せません! ハモンドさんは、罰として教科書の古代魔法の全スペルをデータキューブに書き写して提出しなさい!」
「は、はい……!」
イザベラはクレイトンを振り返り、キッと睨んだ。
「クレイトンさん、覚えてなさい!」
「覚えています。記憶力は良いので」
イザベラは友達のカヴァドールと一緒に教室から出て行った。
後ろの席から澄恋がやってきた。
「香姫、クレイトンが反撃してくれて良かったな」
「うん!」
お蔭で、今回はビートン先生から目を付けられるということはなかった。
教室から出て行こうとしているクレイトンを見つけて、私はすぐさま駆け寄った。
「ありがとう、クレイトンさん!」
クレイトンに花束を渡したい気分だったが、可視編成で失敗作を出しても邪魔になるだけだ。だから断念した。
「学級委員のお仕事ですので、お構いなく」
クレイトンは、にこりともせずに、教室から出て行った。
そ、そっけない……! でも、格好良い!
その日は、クレイトンのお蔭でイザベラに因縁を付けられることもなく、平和に過ぎて行った。
その日の放課後のことだ。
私たちは、早い夕食を摂るため、大食堂に来ていた。窓際の席を陣取って、私たちはおしゃべりしていた。
「なんだか、天気が悪いね?」
ジュリアスが、大食堂の大きく取った窓を、不安そうに眺めながら言った。外は分厚い黒い雲が垂れ込めていて、空から太陽を遮断している。
「ジュリアス君、澄恋君、このシュガートーストすごく美味しいよ! このバターみたいなのがとろけそうで、砂糖がじゃりじゃりしてて、このハーモニーが何とも!」
澄恋はクックッと笑い出した。
「香姫は、悪天候でも幸せなんだってさ」
「香姫さん、そのシュガートーストが美味しいのは間違いだよ? 今日は何を食べても美味しいんでしょ?」
ジュリアスがクスクスと笑っている。
「だって今日はクレイトンさんのお蔭で幸せだったもの」
今日の幸せをかみしめていると、向こうからアミアン・ガーサイドが駆けてきた。
「大変だ! ハモンドが学級委員のクレイトンに魔法勝負を申し込んだらしいぞ!」
「んぐっ!?」
私は、勢いよく喉に詰めてしまい、マンゴーに似た味のジュースで胃の中に勢いよく流し込んだのだった。