第三話 マリエル・クレイトン
魔法学の授業は、ファルコン組で行われた。魔法学の担当教師はシャード先生なので、魔法学の教室まで移動するのが面倒という時は、ファルコン組で授業を受けている。勿論、ファルコン組の担任がシャード先生だからこそできることなのだ。
「――以上、ここまでが魔法学のテスト範囲だ。詳しくは、学級委員に訊いてくれ。では授業を終わる!」
「起立、礼!」
号令がかかったが、みんな起立も礼もせずに、データキューブとにらめっこしていた。
データキューブとは、簡単に言うと、スマホやタブレットのようなものだ。電池で動くスマホとは対照的に、データキューブは自分の魔力で動くエコなアイテムだ。
冷蔵庫の氷ほどの大きさのキューブに『可視編成』と、呪文を唱える。すると、キューブが四つに割れてその間からホログラムのような画面を映し出すのである。
私は、データキューブにチェックを付けながら、めまいを覚えている。
「うわぁ、すごく範囲が多いよ!」
「それはそうだろ。なんたって、学年末に一気にまとめてテストだから」
チェックを付け終わったらしい澄恋が私の机の前に来て、私が悪戦苦闘するのを楽しそうに眺めている。
「余裕だよね、澄恋君……」
「すでに数年前に習ったことだからね」
「ううっ、すでに絶叫したい気分だよ……」
向こうの席から困ったように、ジェイク・グレンがやってきた。
「鳥居さん、魔法学の問題集の六十ページから七十ページって出るって言ってた?」
「グレン君、待って」
慌ててデータキューブの問題集を開くが、その部分にはチェックが付いていない。
首を傾げて考える。
「出るって言ってたような気がするけど、どうだったっけ? チェックを付け忘れたのかなぁ」
確か、シャード先生は分からないことは学級委員に訊くように言っていた。私は教室を見渡した。
「学級委員のリリーシャさんは」
「私はクラスを仕切っているけど学級委員じゃないわよ!」
「そうそう、リリーシャは学級委員じゃないよ、ねー?」
「ねー!」
声は後ろからした。振り返ると、リリーシャは恋人のクェンティンと仲良く手を繋いでいた。クェンティンは、あれからリリーシャと波風立たず、ラブラブらしい。
「香姫さん? 学級委員のクレイトンさんはあの席。僕が訊いてくるね?」
「ありがとう、ジュリアス君。えーと……マリエル・クレイトンさんだったよね? 学級委員だったのか……!」
廊下の際にある席の一番前。データキューブにでガリガリと書きこんでいる、マリエル・クレイトンの姿がある。こう言っては何だけど、外見が私と同じぐらい地味な生徒だ。リリーシャが強烈過ぎて存在感が消えている感が、他人とは思えない。
丁度、ジュリアスがクレイトンの席に到着して、彼女に話しかけている。
「クレイトンさん、テスト範囲で聞きたいことがあるんだけどね?」
するとクレイトンは、何かをジュリアスに突き付けた。
「うっ!?」
ジュリアスは、吃驚して後ろに引いたまま固まった。
剣が喉元に突き付けられたのかと思ったが違った。それは、束になったプリント用紙だった。
クレイトンは無表情のまま、顎を上げて事務的に言った。
「全教科のテスト範囲のプリントです。データキューブで見るより便利だと思い、印刷いたしました。配っていただけませんか」
「う、うん……。分かったよ。ありがとうね?」
固まっていたのは、ジュリアスだけではない。私も澄恋も固まっていた。
「あのジュリアス君が押されてる……!」
「クレイトンさんって、目立たない子だから、未だにリリーシャさんやアリヴィナさんが学級委員だと思い込んでいる子が多いみたいだな」
私は、喉の塊をゴクリと飲んだ。確かに彼女は地味だが、作られた地味さを感じる。まるで忍者のような。性格は何故か強烈そうだけど。
ダムッと音がして、再びクレイトンの方を振り向いた。イザベラがクレイトンの机を叩いた音らしい。イザベラは柳眉を逆立てている。
「ちょっと! クレイトンさん! ジュリアス様にあんな扱いさせるだなんて! プリントを配るなら、学級委員の貴方がするべきじゃなくて!」
「そうですね……」
クレイトンはフゥとため息を吐いて、そして、イザベラを見上げた。
「では、ベルカ王国の歴代十三代までの王の名を、間違えずに一代目から言えたら、私が貴方に謝ることにいたしましょう。では、どうぞ」
「えっ!? えっ、ええっ!?」
クレイトンは早口で淡々と言ったが、イザベラはその返しについて行けずに戸惑っている。
「さあ、仰ってください」
「きぃいいいい! 覚えてらっしゃい!」
「記憶力は良いんで、覚えていると思います」
クレイトンの返しに、イザベラは口を戦慄かせた。そのまま顔を背けると、メリル・カヴァドールの方に走って行った。
「なんなの、あの学級委員!」
イザベラは文句をカヴァドールにぶちまいている。まあ、イザベラの気持ちも分からなくもない。だが、私はクレイトンに憧れを抱いた。
「す、すごい……! あの、イザベラさんを……!」
クレイトンはデータキューブを持って教室を出て行っている。彼女が消えた方を尊敬のまなざしで暫く見つめていた。澄恋が、ため息を吐いた。
「香姫、どうでもいいけど、早く次の授業に向かわないと、次は占い学だろ?」
「ああっ! そうだったよ、澄恋君! ジュリアス君! 急がないと!」
「いや、まだプリントがね……?」
ジュリアスはにこっと微笑んだ。ジュリアスの周りにはゆったりとした空気が流れている。
うん! これは、マイペースか! マイペースなのか!
そうだよね! ジュリアス君マイペースだもんね!
「ああっ、私も配るからっ!」
私たちは大慌てになって、プリントを配り終えると、慌ただしく教室を飛び出したのだった。