第二話 鳥居香姫の事情4*
今日もカレイドへキサ魔法学校には、朝食を済ませた生徒たちが校舎の中にじわじわと集まってきていた。
天井の高いゆったりとした廊下の、複雑な模様が描かれた白壁には、各教室のドアと窓が並んでいる。生徒たちは廊下や教室に出入りしながら、おしゃべりを自由に楽しんでいた。
しかし、それも大体は朝の八時三十分までだ。先生方の教室への到着を知った生徒たちは、各教室の中に慌てて駆け込んで行く。そうして、先生方の手によって、各教室のドアが閉められるのだ。
ファルコン組、アウル組、ホーク組と立ち並ぶ中の一つの教室――ファルコン組。
ファルコン組の最初の授業は、担任のジェラルド・シャード先生の第一声によって始まる。
「これより、ショートホームルームを始める!」
「起立、礼! 着席!」
眠い目をこすりながら、私は着席した。
私、鳥居香姫は、十六歳の女の子だ。日本にいた頃は、可も不可もない、一般的な女の子だった。けれども、私はここではちゃんとした魔法が使えないので劣等生なのだ。
シャード先生が今日の日程を話す中、私はよそ事を考えていた。窓から差し込む金色の日の光に気づいて目を細めた。冬のほの温くて遠い日差しに、寂しさを覚える。日本にいた頃の家族とは死別してしまった。だから、家族の事を思いだすと人恋しくなってくる。
シャード先生は、そんな私の親代わりになってくれた。後ろの席には、私の初恋の景山澄恋もいるし、隣の席にはジュリアス・シェイファーもいるし、仲良くしてくれるクラスメイトもいるし。一応、私は現状に満足しているのだ。
しかし、厳しい冬がやってきた。私のような劣等生に厳しいのは、冬の寒さではない。
「そろそろ、大イベントの学年末テストがあるので、それに向けてみんな頑張るように!」
シャード先生の目の覚めるようなバリトンの響きに、私はバッと顔をそちらに向けた。
来た! 来てしまった! ウワサに聞いていた恐ろしい試験の時期が!
カレイドへキサ魔法学校では、抜き打ちテストはあっても、中間テストや期末テストのような試験はない。その代わりに、学年末に地獄のような試験ラッシュがあるらしいと。
以前、クラスメイトのアミアン・ガーサイドが言っていた。
「この試験は恐ろしいぜぇ! なんてったって、途中が地獄だからな! 地獄のような猛勉強をこのテストにぶつけるとき、絶叫が学校内に響き渡るらしいってウワサだぜ!」
絶叫が学校内に響く!? な、なんじゃそりゃ!
恐怖心だけが駆り立てられた。なので今日この頃は、それに備えてそれなりにマジメに勉強をしているのだ。なので、今日も寝不足なのである。
けれども、もし力が及ばなければ、私にはとっておきがある。
私は、この世界に来たとき、『可視使い』になったのだ。この世界で私一人しかいないらしい、可視使いに。幸いなことに、私と数人しかその事を知らない。
だから、もしダメだったら、この力を使ってもいいかな……?
私の頭に疑問が浮かぶとき、私の眼は『可視状態』になる。物に残った残留思念を視ることで、他人の秘密や手がかり、数時間前の行動を探ることができるのだ。しかし、この力は他人の秘密を知るということは、自分の命も危うくなってくる。だから、私が可視使いであることは絶対に秘密にしなければならない事なのだ。
あ……! しまっ……!
私は、シャード先生を可視してしまった。すると、シャード先生の小麦色のそれなりに筋肉質なハダカが視えた。ハダカと言っても、脳が拒否するのか上半身だけしか視えないが。
私は『物』しか可視できないのだ。『人』を可視するとハダカしか視えないという残念なことになる。
「ううっ……」
私は慌てて眉間をつまんで、目を普通の状態に制御しなおす。
けれども、シャード先生のニヤリと笑った顔と目が合った。私の考えていることなど、お見通しの目をして彼は言った。
「しかし、ズルをした者は後が酷いからな。テストで酷い点を取った者と、ズルをした者は、進級できなくなるかもしれないから、そのつもりで!」
「ええ~!?」
そう叫んだのは私だけではなかった。クラスメイトたちも同じことを考えていたらしく、教室はどよめきの海に沈んだのだった。