第十一話 仮面のシャンベリーの果たし状4*
「な、何言ってんだよ、アミアン」
アリヴィナは、このアミアン・ガーサイドが妖魔であるとは思っていないらしい。影がないことぐらいでは、二人の友情は揺るぎもしない。
一刻の猶予もならない。しかしどうすれば、仮面のシャンベリーが敵ではなく、アミアン・ガーサイドが仇であるとアリヴィナに証明できるだろう。私は髪を掻き毟った。
「ディオマンドさん! 彼の正体を見破れることなんて可能かな!? 私には可視できているんだけど、できたらアリヴィナさんや仮面のシャンベリーに分かる様に正体をばらしてくれないかな!」
私はダメでもともとで、賢者ディオマンドに懇願した。すると、彼は面白そうにフンと鼻を鳴らした。
「容易いことだ。エサデ カラ シエア モニサ タゥエサ デカ ラソウィ アツ オスエサ デカラ ソウ ウェデ ブソ ネア モ! それ!」
賢者ディオマンドは、身を躍らせて呪文を唱えると、アミアン・ガーサイドに向かって指差した。可視でしか見えない光がアミアン・ガーサイドを包み込む。
すると、彼のすべての色は抜け落ちて真っ黒になった。まるで、アミアン・ガーサイドの黒曜石の彫刻が滑らかに動いている様だ。
そして、仮面のシャンベリーには彼の正体が分かったらしい。
「お前は! ドッペルゲンガーのマーシュ!」
ドッペルゲンガーのマーシュという妖魔なのか。妖魔は悪い魔法使いだ。だが、この妖魔は人間であることをすっかり忘れてしまい、魔物と同化してしまっているようだ。
アリヴィナは僅かに後ずさりして、あんぐりと口を開けた。
「は、はぁ!? アミアンは!? なんだ、この妖魔は!」
「この妖魔はアミアン君とずっと入れ替わっていたんだ!」
「ウソだろ!? 一体いつから!?」
「ゲヘヘ! かなり前だよ。仮面のシャンベリーが話題にあがる前からだよぉ!」
「はぁ!? だって、香姫が古代魔法を使ったことだって覚えていただろ!?」
「ゲヘヘ! 俺は自分の体に取り込んだエサの記憶を共有できるんだ。すっげーだろ!」
「エサって……まさか!」
「ゲヘヘヘ! ばれちゃあしょうがねェ! アミアン・ガーサイドは俺が取り込んで消化しちまった」
「な、なんだと!?」
「俺が何故、『マーシュ』なのか分かるか?」
黒曜石の彫刻のようなアミアン・ガーサイドの外見が、どろりと溶けていく。どろりとしたタールのごとく辺り一面に広がっていく。そして、黒い沼のようになった。
「俺の身体は沼のような液体なんだ。だから、沼だ」
「まずい!」
私は、慌てて密書の内容を思い出した。
『鳥居さんにお願いがある。この封書をディオマンドに言って、開けてもらってくれ』
「ディオマンドさん! この封書を開けてください!」
「分かった!」
ディオマンドは古代魔法を唱えて、封筒を開封した。
眼下では、黒い沼と化した、ドッペルゲンガーのマーシュが両手を広げるようにアリヴィナに向かってのしかかってきた。アリヴィナはタールのような液体に呑まれてしまう。
「うわあああああ!」
「ロイドさん! 可視編成!」
可視編成は全く効き目がない。
仮面のシャンベリーは舌打ちして、アリヴィナの手をタールのような液体から引っ張り出した。
「大丈夫か!」
アリヴィナは戸惑っていたが、彼の手を払いのけた。
「なんで、私を助けるんだよ!」
アリヴィナの問いには、ドッペルゲンガーのマーシュが、タールのような水面に目と口の穴を浮かべて答えた。
「それはなぁ、俺が、お前の妹を殺したからで、仮面のシャンベリーは何もしてないってことなんだよ!」
「なんだと!? お前が!」
殺気立つアリヴィナを嘲笑うように、ドッペルゲンガーのマーシュは波立った。
「ゲヘヘヘヘ! そうだよぉ! でも遅いもうすぐ俺の身体がお前らを消化してしまうからなァ!」
両手を広げたドッペルゲンガーのマーシュが大口を開いて、彼らを呑みこんだ。
私は仮面のシャンベリーの密書を急いで開いた。
『この封書の中には、私が粉々に破いた妖魔からの手紙の切れ端が入っている』
「えっと……あった!」
ビリビリに破いただろう紙切れの一部を封筒の中から取り出す。
こんなもの何の役にも立たないだろう。でも、私は可視使いだから、その紙切れに含まれている残留思念を視ることができる。
『それを可視して妖魔の弱点を探ってくれ』
弱点を視ることもうまく行けばできるはずだ。
「はぁああああ!」
私の眼は可視全開になった。残留思念の時間がまき戻って、私に映像を見せる。
その間も、私の遥か下では、アリヴィナと仮面のシャンベリーが窮地に陥っていた。
「ロイドさん! いますぐ、僕が古代魔法で……!」
「ゲヘヘヘヘ! もうおっせーよ! 俺の沼マーシュはお前たちを取り込んでいる!」
「ごめん、セシル先輩! アンタは私を助けようとしてくれてたんだな! ありがとう、セシル先――」
アリヴィナは沼マーシュに呑まれてしまった。
「ロイドさん!? うわぁ!」
仮面のシャンベリーも――。
しかし、私は、ついにマーシュの弱点を発見した。
「分かった! ドッペルゲンガーのマーシュの弱点は、古代魔法の『浄光矢の魔法』だよ! お願いディオマンドさん!」
「承知した! ウオス アナメ ガテ エモイ ケデラ キホ ソシ ルフ! ウオス アナメ ガテ エモイ ケデラ キホ ソシ ルフ! ア クオ ジ!」
強い光が私の足元からドッペルゲンガーのマーシュに降り注ぐ。大笑いしていたマーシュの動きが強張った。
「何だ? 何が起こった!? これはまさか、浄光矢の魔法!? ぎゃああああああああああああああ!」
彼は浄化の光に照らされて、炭のように固まり、粉々になって、風に吹かれて消滅した。
「やった! みんなは?」
足元では、仮面のシャンベリーとアリヴィナ、そして本物のガーサイドが倒れている。
彼らの姿は確認できたが――。不安になった私は、賢者ディオマンドを振り返る。
「ちゃ、ちゃんと生きているよね? ディオマンドさん、みんなを助けてください!」
「よかろう。仮面のシャンベリーとアリヴィナ、そして、本物のガーサイドも助けてしんぜよう!」
賢者ディオマンドが古代魔法の呪文を唱えると、深い眠りから覚めた時のように、彼らはのろのろと動き始めたのだった。




