第十話 仮面のシャンベリーの果たし状3*
煌めく粒子を散らしながら、私と賢者ディオマンドは、朽ちている廃屋の上に滞空していた。その廃屋には屋根がなく、ぽっかりと穴が開いているので、だだっ広い部屋の中を空の上から観察できた。
自分の身体が空に浮かんでいるのに、不思議と怖くない。賢者ディオマンドが一緒だから心強いのだろう。
空は曇天だった。昨日の夜に雨が降ったらしく、あちこちで水滴がぽたぽたと落ちている。私の眼下では、アリヴィナとガーサイド、そしてコスチューム姿の仮面のシャンベリーが対峙していた。
私は頃合いを見計るため、彼らを空中で見守っている。どうやら、彼らは私たちに全然気付いていないようだ。
「仮面のシャンベリー! 来たぜ! 妹のマリーベルの仇、取らせてもらう!」
「俺もアリヴィナを援護するぜ!」
私の足の遥か下で、彼らは人形劇のように動いているが、声はこちらまで届いた。
「良いだろう。その心意気に免じて、私も古代魔法を使わないでおこう!」
仮面のシャンベリーは、以前の私との約束を守って古代魔法を使わないようだ。
ついに、始まってしまった。
合図もなしに、アリヴィナと仮面のシャンベリーは同じ方向に走りだす。廃屋の中は水たまりができていたので、彼らは水を蹴散らした。
「可視編成!」
「可視編成!」
アリヴィナがバレーボールほどの炎の魔法弾を仮面のシャンベリーに放つと、彼は同じぐらいの水の魔法弾の可視編成で打ち消した。焦げた臭いが辺りに漂う。
「可視編成!」
後ろから、ガーサイドが可視編成で無数の炎の矢を放つ。空気を切る音がして、仮面のシャンベリーに鋭く降り注ぐ。
「不可視編成!」
すると、仮面のシャンベリーは、ガーサイドの無数の矢を消そうとした。
しかし消えない。
「可視編成!」
慌てて、仮面のシャンベリーは可視編成で盾を作った。複数の矢は跳ね返って消滅した。しかし、後ろから炎の矢が飛んできて――。
「どういうことか、説明しても良かろう?」
賢者ディオマンドがニヤリと笑ったので、私はハッと我に返った。
「実は……」
成り行きに気を取られながら、今までの経緯をディオマンドに説明した。
仮面のシャンベリーの密書にはさらにこう記されてあったのだ。
『私が窮地に立たされていると分かったのは、ある一通の『ラブレター』が私の元に送られてきたからだった。それは熱烈な文章で書かれてあった』
★・・・・・・・★・・・・・・・・★・・・・・・・★
『親愛なる仮面のシャンベリー 俺はお前に仲間を殺された妖魔だ。いつか復讐をとげてやろうと思っていた。俺がお前の正体を突き止めてから、俺はある家族の次女を『お前の姿で』殺した。長女が、『お前の姿をした俺』を目撃している』
『長女の写真を同封しよう。可愛い彼女の名前は、『アリヴィナ・ロイド』という。そして、ここからが本題だ。俺は密かに彼女を人質にとってある』
『お前が、彼女を助けるためにこの事を彼女や周りにばらしたり、お前が変な行動をとった途端、彼女の命は即刻断たれるだろう。お前は既に俺の監視下に置かれてあるからな』
『お前は、仮面のシャンベリーとして、彼女の妹の仇として、アリヴィナ・ロイドに殺されなければならない。彼女と俺の為に儚く散っていく運命にある! せいぜい、一人であがくことだ!』
『追伸。俺は、アリヴィナ・ロイドの一番近いところにいる。分かるかな?』
★・・・・・・・★・・・・・・・・★・・・・・・・★
仮面のシャンベリーは矢を両足に受けてうずくまった。彼の下の水たまりがパシャンと音を立てた。
「くっ!」
仮面のシャンベリーは動くこともできず、戸惑ったように前を向いた。
アリヴィナとガーサイドが、彼を見下ろしている。
「アリヴィナの事を思うなら、大人しく殺されろ!」
「っ!」
仮面のシャンベリーはガーサイドのセリフに歯噛みしていたが、大人しく目を閉じた。
「わかった。好きにしろ」
「えっ……?」
アリヴィナの顔が曇った。
「なんで……なんで、そんなに簡単に殺されようとするんだよ! 憎い強敵のアンタを地に伏せようと思っていたんだ! それがマリーベルの供養になるとずっと思ってた! そんなに簡単に――」
「すまない……」仮面のシャンベリーは一言喋って、うな垂れた。
アリヴィナの眼から涙が零れ落ちる。失恋の痛みと憎しみと悲しみがごちゃまぜになっているのかもしれない。握りしめた両手が震えている。そして後ろを向いて涙をぬぐっている。
「アミアン、もう良いよ! あとは軍警に任せようぜ? 敵意の無くなった奴なんて殺したくねーよ!」
「何言ってんだよ。アリヴィナ……殺すしかないだろ……仮面のシャンベリーを……」
アミアン・ガーサイドの両腕がだらりと力を無くした振り子のように揺れる。
アリヴィナは彼の異変を感じ取って振り返った。
「アミアン……? 何か――」
曇天から晴れ間が差す。
「えっ?」
アリヴィナは、目を瞬いている。
とうとう、アリヴィナは気づいてしまった。いつもならこの風景にあるものが、一部欠けていることに。
屋根のない廃屋には直に太陽の光が降り注ぎ、建物や彼らの影を伸ばした。
けれども、彼には『影がない』。彼は居るのに『彼の影だけがない』のだ。
「アミアン、お前……?」
アリヴィナの瞳が動揺する。
「何で、影がないんだ……? 前はあったはずだろ……?」
アリヴィナはその意味に気づいていないし、その問いが危険なものだとも考えていない。
でも、これが一体何を答えにするのか、私には分かっていた。
今まで手を出さなかったのは、アリヴィナに仮面のシャンベリーが敵ではないことを知ってもらおうと考えていたからだ。
アミアン・ガーサイドが顔を上げた。
「もしくは、アリヴィナ・ロイド」
彼は、カッと目を見開く。
「お前も死ね!」
「っ!?」
アミアン・ガーサイド――いや、彼の姿をして鳴りをひそめていた妖魔が、ついに牙をむいたのだ。