第六話 カーティス・セシルのつぶやき*
雷の音を聞いて、私の頭から血の気が引いていく。サミュエル王子がやったのだろうか。頭上に落ちたわけではないが、間近で落ちた恐怖は計り知れない。
「す、すみません!」
気が付くと頭を下げていた。
チッという舌打ちが聞こえて顔を上げると、どうしたことかサミュエル王子は頭を押さえていた。
「また頭痛が……仕方ない……」
サミュエル王子は体調が悪いのだろうか。
同情する間もなく、サミュエル王子は自分の腕から腕輪を抜き取った。そして、押し付けるように私に差し出してきた。
「この腕輪を持って行け」
「ええっ! 腕輪はもう結構です!」
「心配するな。この腕輪は暴走しない。使いこなせるかはわからんが。あとで、二つとも戻してくれればいい」
「じゃあ、遠慮なく……」
私は新しい腕輪を腕に通した。前の腕輪とよく似たべっこうの腕輪だ。
本当に暴走しないのか疑わしいが、サミュエル王子の言うことを信用するしかない。
未だ可視することしかまともに扱えない。だからこそ、仮面のシャンベリーを何とかするにはこの腕輪が必要だった。だから受け取ったのだ。
サミュエル王子はエンからグラスを受け取り、なみなみとした液体を一気飲みした。
「あと、アレクシスを呼べ。アシュレイもな」
頭痛の波が引いたのだろう。スッキリしたような顔をして穏やかに言った。
「喜んで」
私は、ほくそ笑んだ。
サミュエル王子の部屋から退室すると、アレクシス王子たちが待ち構えていた。
私はにこにこと振り返った。
いつもやり込められているこの男に仕返しするチャンスだと思った。
「アレクシス様」
「どうでしたか? サミュエル兄上は?」
アレクシス王子は、不安そうに私の一挙一動を探っている。
さて、どんな反応をするだろう?
「サミュエル様がお呼びでしたよ!」
「えっ……?」
アレクシス王子が戸惑ったような顔になった。
「アレクシス様とアシュレイさんをご指名です。早く行かないと、雷が落ちるかもしれませんよ~」
私の仕返しに、アレクシス王子は微笑みを見せた。余裕綽々だ。
「仕方ありません。香姫さんがこんなに元気なのです。大したことはないでしょう」
しまった! 全て自分の顔に出ていた!
私はブラックホールに虚しく吸い込まれていく。
アレクシス王子は綺麗な笑みを残し、私に背を向けた。
「行きますよ、アシュレイ」
「は、はい。香姫様ありがとうございました」
アレクシス王子とアシュレイは安堵したような顔をして、サミュエル王子の部屋に入って行った。
残ったウィンザーが私に微笑みかけた。
「では、私が香姫様を魔法学校にお送りしますね」
「あ、ありがとうございます……」
そうして、私は魔法学校の医務室に戻ってきた。
医務室の中は、時計の針の音が聞こえるぐらい静かで、空調の音が単調に鳴っている。
静寂の中に私とウィンザーの存在が際立った。
「香姫様、今日はありがとうございました! お礼は後日させてください」
「い、いえ、お構いなく……」
「では失礼します」
ウィンザーは声のトーンを落として言った。眠っている澄恋とジュリアスに対する配慮かもしれない。
ううっ、良い人だ。
にこやかにほほ笑んだウィンザーは、すぐに瞬間移動の魔法で帰って行く。
置き土産の緑の風がふわりと医務室の空気を揺らした。
「あ、しまった……」
ついにカーティス・セシルの事を、サミュエル王子に尋ねることができなかった。
妖魔の事もサミュエル王子の雷に吃驚して、結局訊くことを忘れてしまったのだ。
私は、ベッドの方に歩いていく。そして、間仕切りのカーテンをそっと開ける。
澄恋もジュリアスも眠り姫のように眠っている。
「帰ってきたよ。澄恋君、ジュリアス君」
私はひとりごちて、新しい腕輪に目を落とした。
「腕輪さん。二人の意識を戻してください!」
今度の腕輪もうんともすんとも言わない。
「何で! お願いだから!」
私のかすかな希望は粉々に砕け散った。賢者ディオマンドも見つからないし、澄恋もジュリアスの意識も戻らない。
私は澄恋のベッドに突っ伏して泣いた。刻々と時間が過ぎる。
そのまま、泣き疲れて伸ばした腕をぼんやりと見ていた。艶やかなべっこうの腕輪を。
私の頭の中は、思い通りにならない怒りと疑問でごちゃごちゃになる。
可視する力が勝手に作動する。医務室の残留思念が、半透明の立体映像のように巻き戻っていく。
このまま腕輪の事を可視できるだろうか。この腕輪の正体を私は見ることができるだろうか。
「えっ!?」
可視している視界の中に、誰かの半透明の手が映り込んだ。
辺りを見回すと、数時間前の残留思念の澄恋たちを見ている者の存在に気づいた。
イザベラ・ハモンドではない。男の手。私は彼に気づいて、ぎくりとなった。
どうして、カーティス・セシルがいるのだろう。澄恋とジュリアスに一体何を?
私は残留思念を巻き戻して、彼がカーテンを開けるところまで再生した。
残留思念の半透明のカーティス・セシルは、特に彼らに何もしなかった。そのまま、カーテンを閉めてそこから離れた。一体、今度はどこへ……?
心臓をバクバクさせながら、彼の残留思念を足早に追っていく。
カーティス・セシルは医務室の窓ぎわに立った。そしてカーテンを片手で捲る。
更に、取り出した双眼鏡で外を眺め始めた。
彼は、鋭い顔つきで、独り言を言っている。いつもの穏やかな先輩の見る影もない。彼の本性が妖魔だからか。
「厄介だな……はやく、殺さなければ……」
えっ!? こ、殺すって誰を!?
一体何を見ているのだろう。残留思念のカーティスと重なるようにして立った私は、背伸びして、彼の双眼鏡から外を眺める。
中庭のその向こうに双眼鏡のピントが合う。
私は、目撃してしまい、衝撃に心臓を掴まれた。
カーティス・セシルが見ていたのは、アリヴィナ・ロイドだった。つまり、カーティス・セシルは、アリヴィナを始末しようと考えていることになる。
双眼鏡の中のアリヴィナは、ガーサイドと話して渋い顔をして手を振っている。自宅謹慎処分になったことを話しているのかもしれない。
私は、心臓の鼓動を静めるように深呼吸した。
カーティスを――この妖魔を野放しにしてはおけない。アリヴィナに手を出す前に私が何とかしなければ!
カーティス・セシルの残留思念を追いかけて、私は医務室を飛び出した。




