第三話 アレクシス王子のお願い4*
三日間の自宅謹慎処分になってしまった。教室にデータキューブを取りに行った後、私は校舎の中を可視して回っていた。女子寮の部屋で大人しくする前にやっておくことがあった。
「ここもハズレだ……」
私はため息を吐いた。そして、廊下の窓際に立ち、再び可視する。能力の使い過ぎでめまいがするが、弱音を吐いてられない。賢者ディオマンドを見つけられない事には、澄恋もジュリアスも目覚めさせることができないからだ。なんとしても、手がかりを見つける。
一時間ほど、校舎の中を探索したが、結局見つけることはできなかった。私はふらふらになって、医務室のドアを潜る。少し休んでからもう一度――。
「失礼します」
今日はクレア先生がいない代わりに先客がいた。私は彼らに目の覚めるような喜びを感じた。
「ごきげんよう。香姫さん」
アレクシス王子と護衛人たちの慈愛に満ちた微笑みが私を癒した。いつもなら、トラブルメーカーのアレクシス王子を避けて通るところだが、八方ふさがりの今日は、否が応でもお会いしたかった。
「アレクシス様! 丁度良かった! 私、ご報告したいことがあって!」
めまいが気力と希望で急に回復した。
その様子を、アレクシス王子は都合よく解釈して、笑顔のままのたまった。
「愛の告白ですか?」
「ゼンッゼン違います!」
「愛の告白は嬉しいですが、聴いている暇はありません」
「だから、違うって言ってるのに!」
アレクシス王子は後光が差しそうな笑顔をこちらに向け、手を差し出した。
「急で申し訳ないのですが、賢者の腕輪をお返し願えませんか?」
アレクシス王子の視線が私の手元をさまよう。腕輪がないことを知った彼は、「アレ?」という顔になった。
私も隠しておくつもりはなかったので、素直に告白した。
「実は、腕輪が暴走したんです! 賢者は封印から解放されて、腕輪ごとどこかに消えてしまいました! 澄恋君もジュリアス君も賢者さんのせいで目覚めないし……」
「つまり、腕輪はないと……?」
「はい! ありません!」
アレクシス王子は手を額にやったまま、真後ろに倒れて行く。
「アレクシス様!?」
護衛人のウィンザーが、慌ててアレクシス王子を支えた。
「大変なことになりました……」
普段は動じないアレクシス王子なのに、今日は見るからにうろたえている。
すぐに、護衛人のアシュレイが進み出て頭を下げた。
「申し訳ありません、アレクシス様!」
その目からぼたぼたと涙が流れ落ちている。
「ど、どういうことなんですか? 一体何が?」
やはり、あの賢者の腕輪はヤバい代物だったのだろうか。私の心臓は不安な音で重く鳴っている。
アレクシス王子はソファに体重を預けた。額に手をやったまま、ため息を吐いた。
「実は、サミュエル兄上が私にその腕輪をくださったというのは誤りだったらしいのです」
続きを、傍らに立ったウィンザーが繋ぐ。
「アシュレイの姉のボニーが、賢者の腕輪をアレクシス様にサミュエル様からのプレゼントだとアシュレイに持ってきたらしいのです。アシュレイがその旨をアレクシス様にお伝えしたのです。でも、後日サミュエル王子のエンが来て、確認を取ったところ、どうやらボニーが勝手にやったことが判明して……」
「ええっ!? なんで、そんな勝手なことを!?」
「すみません! 姉に悪気はないのです! だって、姉は……!」
アシュレイは再び泣き崩れてしまった。
アレクシス王子は遠い目をして窓の外を見つめた。
「仕方ありません。私も、香姫さんに腕輪を差し上げる前までは、賢者の腕輪に、ゴミを捨てさせたり、顔を拭くタオルを持ってこさせたり、掃除をさせたり、風呂の掃除をさせたり、草むしりをさせたりと、恩恵にあずかってましたが……」
をい……!
アレクシス王子は、真剣な顔で続けた。
「サミュエル兄上から賢者の腕輪を頂くという許可ももらってなかったということで、今考えればそれが賢者の腕輪が暴走する原因だったのかもしれませんね」
「絶対アレクシス様のせいだよね!」
そりゃ、賢者さんも怒るって!
全部、アレクシス王子のせいか。私は、怒りで震える。
彼は辛そうに微笑んだ。
「サミュエル兄上が、最近宝物庫を調べた時に腕輪がないことが発覚したらしいのです。彼は怒らせると怖い人なので、私もアシュレイと一緒に魔法研究所で合格にされてしまうかもしれません」
「えっ? 魔法研究所で合格……?」
なんだろう、それは……? 合格だったら良いことじゃないのだろうか?
「香姫さん……私が死んだら……」
「えっ!?」
「寂しくないように、毎日枕元に立ってあげますね……!」
本気で止めてください……!
それでなくても、幽霊が苦手なのに! 後味が悪すぎるんじゃないか。
「……あの、私にできることがあったら……」
アレクシス王子に協力しようと思った。サミュエル王子に協力を仰げば、澄恋とジュリアスの事やアリヴィナの事も何とかなると思ったからだ。
「そう言ってくださると思ってました。今から、サミュエル王子に会いに行って、一緒に謝ってくださいね」
アレクシス王子は始めから私にそう言わせるつもりだったのだろう。嬉しそうに微笑んでいる。まったく良い性格しているよね!
「香姫様、よろしくおねがいします……っ」
「分かりました……」
可哀想なアシュレイのためにも頑張ろう。
私は、神妙に首肯するのだった。