第二話 校長室にて
アリヴィナは再び涙をぬぐった。アリヴィナは強い。再び私に涙を見せることはなかった。彼女を奮起させているのはやはり復讐心なのだろうか。でも、釈然としないことが一つある。
「アリヴィナさん、本当に仮面のシャンベリーはアリヴィナさんの妹を――?」
確認を取ろうとした私に、アリヴィナは激怒した。
「私の妹のマリーベルはアイツに殺されているんだ!」
「ご、ゴメン……!」
「私の大事な妹だった。ずっと大切にしてきた。でも! アイツは私の目の前で妹を殺したんだ!」
アリヴィナは捲し立てると、息を切らした。
目の前で――。そんな相手を見間違えるはずがない。やはりカーティス・セシルは妖魔なのだ。
アリヴィナは拳を握りしめた。
「私は、アイツを倒す……!」
アリヴィナの背中から復讐心が激しく燃えているのが見えるようだ。
私はハッと我に返った。リリーシャでさえ、一億ルビーの妖魔を倒すことに精一杯なのだ。リリーシャに勝てたことのないアリヴィナが、二億ルビーの仮面のシャンベリーに勝てるはずがない。
「待って! アリヴィナさん、危険だよ! 仮面のシャンベリーは古代魔法を使えるもの!」
「だから何だよ!?」
「ここは、先生に相談するべきだよ! ベルナデット校長先生に言ったら何とかしてくれるんじゃないかな! そうしたら、仮面のシャンベリーは軍警に捕まって何もできなくなる! あとは軍警がアリヴィナさんの復讐を代わりに果してくれるはずだよ!」
私は、アリヴィナが傷つき倒れるところを見たくない一心で懇願した。アリヴィナは私を見たまま考えていたが、一つ頷いた。
「香姫……。分かった! ベルナデット校長先生に直訴してみる!」
「私も一緒にお願いしてみるよ!」
「ありがとう! 香姫!」
きっとそれが一番いいのだ。私たちよりも先生や軍警のほうが強いのだから。
この時はそう思っていた。ベルナデット校長先生に直訴する前までは――。
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私たちは、魔法学校の静かな離れの建物まで来ていた。白い神殿のような建物は真新しく、木々が植えられ、芝生も手入れされてある。
ベルナデット校長先生のいる校長室のドアを叩いた。
「失礼します!」
「ベルナデット校長先――!?」
私たちは勢いよく部屋の中に侵入したが、あまりのことに度肝を抜かれた。
校長先生の机の前にはカーティス・セシルが居たのだ。どうやら、校長先生のお手伝いをしているらしい。
「やあ、鳥居さんにロイドさん!」
カーティス・セシルはいつも通り愛想の良い笑みであいさつした。
「仮面のシャンベリー……!」
アリヴィナが憎しみの声を上げると、彼は気付いて意味深な笑みをたたえた。
「なんだか、ご挨拶だなぁ……」
ベルナデット校長先生は、書面から顔を上げた。優しそうな微笑みを浮かべている。
「どうしたのですか? 私に用があるのではないのですか?」
手を机の上で組んで、校長先生は言った。
アリヴィナは、そのままセシル先輩を指差した。
「ちょうど良い! ベルナデット校長先生! このカーティス・セシルは、仮面のシャンベリーという妖魔なんです! 私の妹を殺した犯人なんです!」
「いいえ。カーティス・セシルは妖魔などではありませんよ。この魔法学校の優等生です。何か勘違いをしているのではありませんか?」
私はベルナデット校長先生が、厳しい目でアリヴィナを睨んでいることに気づいた。いつもの優しいベルナデット校長先生じゃない。
「私は見たんだ! 仮面のシャンベリーの素顔を! こいつは、金髪碧眼なんかじゃない! 黒髪黒目で、私の妹を殺した凶悪犯なんだ!」
「黙りなさい! 言いがかりはよしなさいと言ったはずです! カーティス・セシルはそのような生徒ではありません! これ以上言うと――」
「本当なんです! アリヴィナさんと私は見たんです!」
アリヴィナは、幾ら訴えてもらちが明かないと考えたのだろう。
「可視編成!」
とうとう校長先生の目の前で呪文を唱えてしまった。カーティス・セシルはクスッと笑った。
「不可視編成」
余裕の相殺だった。アリヴィナの呪文は形になることもなく、打ち消された。
アリヴィナは歯噛みした。
不可視編成で打ち消せるということは、アリヴィナよりもカーティス・セシルの方が魔力は上だ。アリヴィナに勝ち目はない。
アリヴィナが再び呪文を唱えようとしたところで、ベルナデット校長先生が立ち上がった。
「良いでしょう! アリヴィナ・ロイド。鳥居香姫。今日から三日間自宅謹慎処分とします!」
「そんな!?」
ベルナデット校長先生のガラス玉のような青い瞳がギラリと光った。
「大人しく出て行きなさい!」
ベルナデット校長先生は、校長室のドアを指差して言い放った。
ぴしゃりと言われて、私とアリヴィナは校長室から出て行くしか術がなかった。
そんな私たちを余裕のカーティス・セシルが追い駆けてきた。
「ロイドさん、鳥居さん、魔法会の事は考えてくれたかな?」
私はカッとなって叫んだ。
「入るわけないでしょ!」
アリヴィナも威勢だけは負けてはいない。
「その通りだ。カーティス・セシル! 首を洗って待ってろ! 必ず、お前より強くなってやる! お前を倒すのは私だ! 行くぞ、香姫!」
「うん……!」
カーティス・セシルはベルナデット校長先生までを取り込んでいるようだ。あの、優しい校長先生が激怒したのは、ただ言いがかりをつけられた生徒を守るためだけなのだろうか。様子が変だったのは、取り越し苦労なのだろうか。