第十七話 先生たちの内緒話
放課後になった時、私はキーホルダーのデータキューブの存在をやっと思い出した。ローブのポケットに忍ばせてきているか手を入れて確かめる。私は、誰かにその事を伝えたかった。
クレア先生やシャード先生に相談した方が良いかもしれない。しかし、真っ先に相談しようと思ったクレア先生は、医務室には不在だった。
「ジュリアス君、ちょっとここで待っててくれるかな?」
「いいけど……。どこ行くの?」
「ちょっと、先生に相談したいことがあって」
「分かった」
ジュリアスを残して、私は魔法学の教室に向かっていた。恐らく、そこにシャード先生がいるはずだ。
廊下を足早に進んでいると、話し声が廊下の曲がり角から聞こえてきた。
「リリーシャはずっとあのままなのか」
ギクリとなって、思わず足を止めていた。シャード先生の声だったのだ。シャード先生の声は低く落ちていた。どこか、失意に満ちている。
廊下の窓はすべて閉まっており、手前から声が流れ込んでくる。ひと気がないから、そこで話をしているのかもしれない。
「何か事件に巻き込まれたのは分かっているけど、私たちの魔法では調べようがないでしょ」
どうやら、相手はクレア先生らしい。彼女は必死でシャード先生を慰めているようだ。
私が、相談しに向かうべく、前進しようと思った時だった。
「私は、リリーシャを元に戻してやりたい! 例え――」
シャード先生は躊躇したようだが、構わず続けた。
「例え、鳥居香姫を犠牲にしても!」
私の心臓がひときわ大きな音を立てた。
私は再び足を止めた。
ショックで瞠目した眼から涙が零れる。
鳥居香姫を犠牲にしても? それは、シャード先生が言ったのか。それは、シャード先生が本当に――。
私はシャード先生たちに気づかれないように、その場で声を殺して泣いた。
現実の世界から切り離され、優しくしてくれたクレア先生やシャード先生の事を、心の支えにしようとしていたのかもしれない。それが突然裏切られてしまった。
立ちすくんでいると、唐突に手を捕まれた。
「……っ!」
驚いて振り返る。
それは、ジュリアスだった。ジュリアスは前を向いたまま、ずんずんと歩いていく。
生徒たちが私たちに気づいて振り返りウワサしているが、彼は構わずに進んでいく。
泣いている私を医務室に押し込んで、ドアを閉めた。
ジュリアスは、私を医務室のソファに座らせる。
「ほら」
ジュリアスが、ハンカチを差し出してきた。
その優しさが嬉しくて、ハンカチを握りしめたまま、余計に泣いてしまった。
「シャード先生が仰ったことはあまり気にしない方が良いよ」
「ど、どうして?」
目をハンカチで拭うと、ジュリアスは微笑んでいることが分かった。
「リリーシャは、ジェラルド・シャード先生の娘だからだよ」
「そうなの!? でも、名字が……」
「シャード先生は離婚されたらしいからね」
私の悲しみが薄らいだ気がした。
そうか。リリーシャの父親だから、娘を取り戻そうとするのは当たり前のことかもしれない。本当の親子だから。
シャード先生は、私の事をどんなふうに見ているんだろう。外側がリリーシャで、中身が鳥居香姫の私の事を。
「……それで、リリーシャは先生たちに何の用があったの?」
「それは、このキーホルダーが机から出てきたから……」
「データキューブ……? それおもちゃじゃないの?」
「もしかしたら開くかも……。ジュリアス君、開いてみてくれないかな?」
ジュリアスは頷いた。
「可視編成!」
ジュリアスの呪文が力を持つが、黄色く光るだけでそれは開かなかった。
「ロックがかかってる」
「ロックって……あっ!」
ジュリアスは自分のポケットにそれを仕舞ってしまった。これも、意地悪なんだろうか。
「これは僕が預かっておくから」
「どうして!? リリーシャさんが殺された理由が分かるかもしれないのに!」
ジュリアスは、目をぱちくりした。
そして、微かに笑う。
「『リリーシャさん』が、『殺された』……って何?」
「あっ……!」
私はやっと自分の失言に気づいた。私がリリーシャ・ローランドでないことを、自らジュリアスに告げてしまったのだ。血の気が引いている私の事を、ジュリアスは苦笑したまま見つめていた。
「君は、確か記憶喪失なんだよね? でも、君はリリーシャじゃない?」
震えが止まらなくなった。ジュリアスは、得体がしれないのに。まだ、味方と決まったわけじゃないのに。もし、彼が敵に回ったら……?
「シャード先生が話している声がちょっと聞こえたんだけど……。鳥居香姫って?」
私は、絶句してしまった。